第107話

自分が両親を殺してしまったのではないかというその仮説は咲良にはあまりにも重かった。家族の笑顔を思い出しては過呼吸になりかける。


それでも今生きている俊介を殺さないことだけが、それだけが私ができることだ。


捨てるなんて、本当はしたくない。


ずっと、ずっと一緒にいたい。それくらい大切でたまらない人だ。死ぬまで、長生きして死ぬまで傍にいて欲しい、私が傍にいたい人だ。


でも。愛してるあなたに「愛してる」って伝えないで生きていくことなんてできない。


彼からの「愛してる」に、私から返さないなんてこと、できない。


「私もだよ」なんて曖昧な言葉に俊介はすぐに気付く。絶対に私の浅い考えなんてすぐに見透かされる。


愛されて自分も愛している人に、「愛している」と伝えられない、そんなに残酷なこともない。


でも、彼の命を守るために唯一私にできること。それは治療じゃない。



彼から離れること、それだけだ。


彼に見つからないように逃げること。できるなら私が愛想を尽かしたと思わせること。そうじゃなければ必ず彼は私のことを探しに来る。


それくらい愛されている自信があるし、私だって彼がいきなり姿を消しただけだったら必ず探しに行く。そのために何でも使う。三葉にも古川さんにも必ず連絡する。


連絡が繋がらなければ一緒に行ったところ全て回って、どんな人にでも話を聞く。



本当ならきっと、きっともう手放した方がいいんだろう。


俊介が死ぬくらいなら、いつか誰かとまた幸せになった俊介を遠くから眺めることさえできればそれでいい。


でも、それでもどうしても私が俊介を手放したくない。できる限り一緒にいたい。


それが彼の命を削るのかだって分からないんだ。せめて確信が持てるまでだけでも傍にいさせて欲しい。


……私、なんてわがままになったんだろう。


彼の寿命を縮めているかもしれないというのに、私は自分の事ばかり考えている。



でも最後のラインは決めた。両親が肺癌にかかるまでにかかった肺炎は二人とも四回。彼もきっと肺炎の四回目にかかってから肺癌になる。


三回目が限度だ。三回目にかからなければただのおかしな妄想だと思って墓まで持っていけば良い。


だから、これが最後のチャンスだ。


いつも通り彼と過ごす。


彼に三度目の肺炎が見つかったら、誰より愛しい彼を、自分から手放す。私の存在全てを、彼の中からできる限り消してどこかで一人で生きる。


両親のことを平等に愛していた。だから想っているだけならきっと許される。それが愛情だったとしても、それが言葉になって俊介に届かなければいい。



どこかで彼を想い続けながら、一人きりで生きて死ぬんだ。


咲良は決心を固めて一週間を過ごした。

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