第106話

家に帰ってきた時、彼はもう入院していていなかった。何も食べる気になれなくて、軽くシャワーを浴びてから一人には大きすぎるベッドで横になる。


それでも落ち着かなくて、一人でテーブルに手をついて、考えたくなくて心の奥底にしまっていた考えを引っ張り出した。




ーー私のせいなんじゃ、ないか。



お父さんもお母さんも俊介も、私のせいで肺を患ったんじゃないか。


私の何かが、皆を傷つけて殺すんじゃないか。


研究者の端くれでいたつもりだった。だからそんな非現実的なこと考えられないと理性では声を上げていた。


そして、何より咲良自身が信じたくなかった。


それでも、これだけ近しい人が何度も肺炎になるなんて、肺を患うなんてそれこそおかしい。


それに感染するはずの肺炎は一度も自分にはかかっていない。


何が原因だ、どれが私の家族を殺した。どれが俊介を二度目の肺炎にした。


私の何かなのは間違いない。それしか共通項はない。


私の存在、私と過ごすことそれ自体……いや、違う。それなら専業主婦だったお母さんの方が先に、先にいなくなったはず。


それに私の友達は皆健康そのものだ。


小学校の友人でそんな入院をした子なんていなかった。中学校でも高校でも変わらない。


大学に入ってからだって三葉とはかなり長い時間を過ごしたけど、それでも三葉は今でも元気にしている。風邪の一つだって引いていないような調子で毎日メッセージが届いてるんだ。




じゃあ何だ。お父さんが何ヶ月も先に死んだのはなんでだ。



煙草、きっとそんなんじゃない。私がお母さんよりお父さんにより多くしてきていたこと。


何だ、何だ、何だ。思い出せ。


頻度が高かったもの、……習慣だったこと。




まさか、まさかそんなはずは、でもまさか。


「咲良に言われると胸が痛くなる」それが本当だとしたら。私の感じるそれと全く違っていたとしたら。



咲良はあまりにも非科学的でありえないだろうと思うような答えを出した。


私の考えが当たっているなら。二人を殺したのは、俊介を病気にかからせたのは。




ーー”愛してる”の、その五文字だ。



それが私の持つ毒だ。それ以外に思いつく物はない。私が、殺したんだ。私の言葉で、大好きだった二人を。そして今もう一人殺そうとしている。


家族にそれを伝えていたのは毎日一回寝る前と面会の最後、精々一日に一回。


でも俊介に伝えたのは少なくとも日に二回。


私の両親は一年しない間に死んだ。私が、殺した。俊介がいくら若くてもきっと結果は変わらない。


俊介は、このまま行ったら肺癌で死ぬ。残酷な仮説を立てた咲良は決めた。



俊介が三度目の肺炎にかかったら、私は彼を捨てる。

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