第105話

冬も寒さを増してきた頃、また俊介が咳をし始めた。


早朝、ゴホッとむせたような音が部屋に響いて咲良は目を覚ました。隣で苦しそうにしながら彼が寝返りを打っている。


「俊介、俊介起きて。苦しそうだよ、起きて。ねえ、起きて」


彼を揺すって無理矢理起こす。


彼は咳をしながら目を覚ました。起きても咳は止まらないまま。


「咲良、ごめん今何時……ごめんねこんな時間に起こして。水、飲んでくる。寝てていいよ、今日も仕事でしょ」


頭を優しく撫でた彼が咳をしながらキッチンに向かう。


痰が絡んだような、小さい子のインフルエンザの時のような、苦しそうなのが聞いただけで分かる咳の音。


間に細い呼吸が挟まって、水を飲んだらしい静かな時間がした後にまた咳の音が響く。


しばらく俊介は戻ってこなかった。その間もずっと苦しそうな音が聞こえてくる。


咲良は起き上がってキッチンに向かった。


「俊介、」


「ごめん咲良、大丈夫だよ」


「大丈夫には聞こえないよ。苦しそう。……まだ、内科にいる?」


「いや、今はNICUっていう生まれたての子のところにいる。さすがに病院にはいるから風邪とかもらう可能性はあるけど」


じゃあどこからこんな咳するようなものもらってきたって言うの。



まさかまた肺炎、だったらどうしよう。いや、そんなこと。冬に入って風も乾いてたから乾燥で喉やっちゃったんだ。


「乾燥してるからかな」


「いや、胸が痛い。息も切れてる。これ、風邪か肺炎だ。前と症状が似てる。何度も心配かけて悪いけど赤ちゃんにうつすと命に関わるから今日休んで病院行ってくる」


そう言ってうつさないように、と咲良を遠ざけた。


その冷静な一言で心が凍る。


せめて風邪であって。それでもあなたが辛いのは変わらないけど、それでもせめて。


まだいつも起きる時間には早い。「今日は朝ご飯任せて寝てて」俊介をベッドに連れて行って言う。


「咲良は? 寝ないの?」


「私目覚めちゃったからちょっと仕事のメール確認する」


「ごめん、起こして」


「そんなこと気にしないで病人は寝る、はいおやすみ」



メールチェックなんて自分の仕事には入っていなかった。一人でキッチンに残って、泣かないようにこらえながら静かに願う。


どうか風邪であって。どうか肺炎や、それ以外の重い病気じゃない状態でいて。


そのまま朝食を作って、一人で食べる。


もう一人分にはラップをかけておいた。


家を出る直前に「行ってくるね。病院に電話だけしてね」と声をかけた。




そしてその日の午後、彼から「肺炎だった。ごめんね、入院してくる」と連絡が来た。

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