第103話

家に帰ってから一人きりの部屋で机に突っ伏して泣いた。



両親のことは思い出せなかったはずが、どんどんとフラッシュバックしていった。




お母さんが苦しそうに呼吸していたあの夜。


肺炎だと言われて、心配で医者を呼び止めたあの日。


二人のいない一週間。


夜中に咳をしているお父さんに縋り付いた。


四回の肺炎。


四週間一人きりで過ごした、


もう誰か別の人が住んでいるあの家。




ーー肺癌だと、言われた日。ステージ三だと、五年生存率は二十パーセント強しかないと告げられた日。


泣いたのを見られたくなくて雨の中壁の横を歩いて帰ったあの日。


何度も苦しそうにして吐いたお母さん。


抜けていった髪。


元気に見えていたお父さんのステージが上がった日。


幻覚を見て会いに行けなかった一週間。


二人に縋り付いて泣いた日。


日に日に細くなっていく体。


聞きたくなかったコール音。


冷たくなって動かなくなったお父さん。


うつろな目で涙が涸れたように話しかけてきたお母さん。


最期に立ち会うことすらできなかった、もう冷たくなったお母さん。





違う、違う、違う。俊介はそんなことにはならない。だってまだ三十歳にもなってない。


まだ結婚式だって挙げてない。


まだ一緒に行きたい場所もたくさんある。したいことだって山ほどある。



それに、彼はこれから誰よりも人を救うかっこいいお医者さんになるのに。


俊介がおじちゃんになるまで二人で過ごすんだ。二人で最期の最期まで一緒にいるんだ。



なのに、そのはずなのに。なんで思い出すの。なんで今になって思いだして止まらないの。


二人は闘いきって最期を二人で迎えたんだからもう仕方ないって、思ってたのに。おじいちゃんにもおばあちゃんにもそう言ってたのに。


今思い出したくない。今だけで良いからどこかに行っててくれ。



私この一週間、俊介に会いに行くことすら叶わない。その顔を見て、愛してるって伝えることさえできない。


私にはそれしかできることなんてないのに。


俊介の容態がどうかだってお医者さんに聞かないと分からない。治してあげることだってできない。



なんで何もない私のことを今更痛めつけるの。なんで今更思い出させるの、しかもこんな時に。



これじゃ俊介も同じになるみたいじゃん。




……そんなこと、させてたまるか。私と一緒に長生きするんだ。



全部、全部”肺炎”のその一言で思い出しただけだ。



一週間で俊介は帰ってくる。それから一生、何十年も一緒に過ごすんだ。心配することなんて何一つない。



濡れた顔を袖で拭って、そのニットごと脱いでお風呂に入った。

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