第92話

俊介も夏休みで時間は山ほどあった。次の日時差ボケでまだ眠そうにしている咲良とずっと一緒に寝ていてくれた。


その日はどこにも出かけなかった。それでも二人でいられることが嬉しくて、足りなかった分を埋めるように彼に抱きついて甘えて過ごした。


一週間だけの二人の時間。


そしたらきっと次に会えるのは帰って来たときだけ。今、できる限り一緒にいたい。


咲良が時差に慣れてからは、俊介は行きたいと言ったところにどこでも連れて行ってくれた。


忙しいはずの勉強の話は咲良から聞かない限り絶対に話し出さなかった。それよりも一緒にいることを大切にしてくれた。


本屋さん、大型スーパー、テーマパークに綺麗な夜景が見える場所。


「咲良が来たら見せたかったんだ」そう言う彼の横顔は嬉しそうだった。


素敵な物を見つけた時に一緒に見たいと思ってもらえていたのが嬉しかった。


新しいおそろいの思い出。


二人でたくさん写真を撮ってフォルダはたった一週間でいっぱいになった。


二人で一緒にいると一週間はすぐに過ぎていった。




そして、二度目の別れの時が来た。寂しいのはもちろんだ。それでも今度は本心から笑って言える。


「私、頑張るね。応援、ずっとしてるからね。帰ってくるまでに絶対もっとかっこいい私になる」そう言って今度は抱きしめられてから咲良の方が搭乗ゲートを通った。


帰り道に写真を見ながら一週間の思い出を一つ一つ引き出していく。


楽しかった、幸せだった。私帰ったらもっと頑張れる。


次に会う時に絶対もっとかっこよくなるって言ったんだもん。研究ももっと頑張れる。


前とは違った。もう寂しいだけじゃない。もっと強くなれる。


飛行機を降りて新幹線に乗る。「幸せだった。三葉、私もう大丈夫だよ、俊介にもっとかっこいいところ見せたい」打ったメッセージにはまたすぐ既読が付いた。


「咲良、これまでよく頑張った。これからも応援してるよ。傍で私も頑張るよ」



大好きな彼と大好きな友達が傍にいてくれる。


それでもっとやる気になって帰ってからは毎日のように写真を眺めながら研究に没頭した。


残りの夏休みは研究に全て費やした。毎日実験結果とにらめっこして、ようやく少し研究結果も発展した。少しずつ少しずつ自信をつけられた。


電話でも話せることがまた増えた。




ある日の電話で、「次会ったら、話したいことがあるんだ」と言われた。直接言いたいから今は言わない、とも。


彼の言葉はいつもよりもっと優しかった。


直接彼が言いたいことはきっと大事なことで素敵なことだ。最初のあの日に告白してくれたみたいに。



それを楽しみにしてもっと研究に打ち込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る