第89話

「無事に到着したよ」


それが真夜中に送られて来ていたのを朝になってから見た。


とりあえず無事に彼が向こうに着いたことに安心した。


日本との時差を考えて電話してこないのが彼の優しさで、それでも声が聞きたくなって心がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。


彼はきっとまだ時差酔いもしているし休んでいるかもしれない。


連絡すると言ってくれた彼から電話が来るまでは電話しない。きっとその間は彼が頑張っている時間だから。


私も、私ももっと頑張るから。帰って来たあなたがびっくりするくらいの成長をするから。


そう思って休みの日にも教科書を開いた。毎日、彼がいない時間を埋めるように勉強して、彼に会いに行けるようにバイトをした。


三葉はそれに驚いたりせずに一緒に並んで放課後まで勉強してくれた。


帰り道に合流する自分の彼氏を見せないように、時間よりも少し早めに咲良と別れて医学部棟まで行ってくれていたのも知っていた。


三葉なりの最大限の応援を受けて、もっともっと頑張りたいと思えるようになった。自分の研究分野で少しでも結果を残したくて研究室に夜中までいる日も増えた。


彼から連絡が来るまでに話せるような結果を残したい。私は一人の時より頑張れる。だって誰よりも応援してくれる大好きな人がいる。


そうして過ごしてしばらくして、ある日の勉強中に電話が鳴った。


彼の名前が表示されていてすぐに電話をとる。


検索して見てみれば向こうはもうとっくに夜中なのに、それでもかけてきてくれた。


「久しぶり」そういう彼の電話越しの声に恋しくなって涙が出そうになる。


「久しぶり。俊介」その言葉は涙に濡れていた。


「咲良、笑顔で送り出してくれてありがとう。咲良のおかげで頑張れる。だから、泣いても、いいんだよ」全て見透かしたような彼の言葉に涙が溢れてきてルーズリーフの上にシミを作った。


「私、私も頑張って、る、から。自信を持って、隣に、並べるように、なるから」


途切れと途切れの言葉を聞いているいつもの優しい声も少し涙声だった。


「俺も、頑張ってる、から。……ごめん置いていった側が泣くなんて」


二人で泣きながら話して、お互いに応援して、大好きと言い合った。


彼のことを考えて短く話を畳んで「おやすみなさい」と言って電話を切った。


涙を拭ってもう一度机に向かう。流れてくる涙をそのままにして、それでもペンを動かすのは止めなかった。


彼の隣にもっとふさわしい存在になりたい。彼が大好きだからこそ。彼も同じ気持ちでいてくれて、それでも彼は頑張ってるんだから。私も負けない。



その日は夜中まで勉強して机の上で眠った。

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