第88話
それからの春休みの日はできる限り二人で過ごした。そしてついに出発の日が来た。
二人で新幹線に乗って、乗り換えの度に重そうな荷物を少しだけ持たせてもらう。彼は軽い荷物しか咲良に渡さなかった。
いつものように二人で話していればいつの間にかもう空港に着いていて、離れる時間が迫っていた。
覚悟は二週間近くかけてしてきた。
はずなのにその手を離すことがこんなに名残惜しい。まだ一緒にいたい。まだ話したいしまだ笑い合っていたい。
でも、でもどんなに引き延ばしたとしても絶対に彼には出発の時が来る。
私は応援するって決めたんだ。笑顔で送り出したい。好きだ、大好きだ、もっと好きだ、それよりずっと好きだ。だからこそ私は彼の一番の応援者でいたい。
「元気で一年過ごしてね」その笑顔に彼は荷物を全て置いて咲良を抱きしめて、「ありがとう。絶対成長して帰ってくる」と言った。
そうだ、この人は絶対にもっとすごい人になって帰ってくる。それまでに私も彼に見合うような人になりたい。
「私も負けないくらい頑張るから。指輪も絶対外さない。だから、精一杯頑張ってきてね」そう言って手を離して、彼は搭乗ゲートを通った。
彼の姿が見えなくなった途端に涙が出てくる。
笑顔で、見送れた。だから少しだけ、今だけ泣かせて欲しい。そう思って上を向いてぎゅっと目をつむって流れてくる涙を拭った。
帰るにはまだ時間があるので一度外に出て三葉に電話する。
「出発、したよ。私、笑顔で、見送れた」三葉はよく頑張ったね、とそれだけ言ってくれた。
「一年間で私ももっとすごい人に、なるから、傍で見てて」
その言葉にもちろん、と強く言ってくれた。
彼の乗っている飛行機が事故に遭わないようにありったけの力で祈って新幹線に乗った。
隣の空いた席が悲しくて、さっき通ってきたはずの道のりが思っていたよりもずっと長くて、荷物に顔を隠して指輪を握って涙を流した。
「ごめん三葉、さっきすごい人になるって言ったばっかりだけど、まだなれないや。今だけ、甘えてもいいかな」
三葉も忙しいはずなのに、そのメッセージにはすぐに既読が付いた。
そして三葉は長い長い帰り道の数時間をずっとたわいもない話で付き合ってくれた。
三葉はいつもなら必ず話してくれる古川さんの話を一度もしなかった。
新幹線から在来線に乗り換えた時に「ありがとう、三葉のおかげで私も無事に帰ってこられた」と送った。
それでも三葉はしばらくの間メッセージを送ってきてくれて、いつもの家に帰ってきてからも三葉のおかげで普通に過ごすことができた。
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