第87話

二人ともお互いの変化には敏感で、助け合いながら、甘え合いながら日々を過ごした。


俊介はデートの回数を減らしたことを申し訳ないと言っていたが、それが彼の努力のためだということは分かりきっていたので気にしないで、と言っていた。


その分の結果は出すと言っていた彼は成績もトップクラスを維持していて、代わりにデートの日には勉強のことは一切言わなかった。



三年になる直前の春休み、月に一度のデートの日にいつものカフェで「咲良に話したいことがあるんだ」と言われた。


その顔は告白してくれた日のそれに似ていて、緊張しているのは分かった。


それでも咲良は別れ話でないことを確信していた。それくらい、お互いがお互いを好きでたまらないんだという自信がお互いにあった。


「どうしたの?」できるだけ優しく訊いた。


ゆっくり彼は話し出した。「病理医になりたいって、前言ったの覚えてる?」


「うん。細胞とかから病気の特定する人、だよね確か」


「うん。それで、……それで、三年生の一年間もっと専門的に勉強したいんだ。アメリカに、留学したい。咲良が嫌だったら辞めて日本でそのまま病理医になる」


それは当然一年間の遠距離恋愛を、しかも簡単に会いに行けない距離での遠距離恋愛を必要とすることだった。一年間、この人と会えない。


自分も専門科目が増えてきてる。夏休みくらいしか会えないかもしれないしもしかしたら一度も会えないかもしれない。


この人が傍にいない一年間ってどれだけ長いんだろう、どれだけ寂しいんだろう。自分が嫌なら諦めるとまで言ってくれる。その考えが頭を巡りきる前に言葉は出ていた。


「行ってきて。私誰よりも俊介の味方でいたい。ずっと応援してるし一年離れても絶対に俊介のことをずっと好きで居続ける自信がある。だからこそ、行ってきて欲しい。俊介は絶対誰より優秀な病理医になれるから」


彼の目をまっすぐ見据えて言った。


彼は少し笑って「ごめん、ちょっと見くびってた。ありがとう、行ってくる。誰より人を救える医者になる」と言った。


「連絡はできる限りする。それで、これからの予定話してなかったと思うんだけど」


「あ、どうする?」


「一年間、離れることになるから。良かったら指輪、受け取って欲しいんだ。牽制にもなるし俺も咲良のこと思い出して頑張れるから」


その言葉が遠い先まで一緒にいることを約束してくれたみたいで、咲良は喜んで行くことにした。


カフェを出て街を歩いて、百貨店に入る。


二人とも選んだ指輪は同じで、その日は左手薬指にその指輪をつけて帰った。

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