第78話
「じゃ出発しようか、まず病院ね。そのバッグの中の紙良かったら俺が持つよ」そう言ってトラウマになりそうな紙の束を受け取ってくれる。
腫れた顔を隠すためにマスクも渡してくれた。
二人で外に出て、当然のように手を繋ぎながら歩きだした。
「ほんとだ、あったかいね今日」
「あったかいよね、昼過ぎるともうちょっと気温上がるみたい」
何でもない会話をしてくれることで緊張せずに済んで、五分ほどで病院に着いた。
平日の病院は外科だったからか空いていて、すぐに診察室に通された。見知らぬ男性に少し怖がっていると事情は彼が説明してくれて、診断書をお願いする。
しばらくして会計で診断書を受け取ってから外に出て、今度は近くの駅に向かった。電車に乗ってバイト先の最寄り駅に向かう。
「バイト先と警察署、先どっちにする?」その質問に「勇気があるうちにバイト先行きたい」と答える。
電車を降りてから「大丈夫だからね、あの人もういないから。絶対」と言われた。
手をしっかり繋いでからバイト先までの道を歩く。
昨日逃げてきた道、と思うと繋いだ手の力が強くなって、それに応えるように彼の力もまた強くなった。
昨日のように一歩先を歩いてできるだけ周りが見えないように庇ってくれる。じきにバイト先に到着した。
店はまだ準備中の看板が掛かっていたが、店長がもういることは知っていた。
彼が扉を開ける。「すいませんお客さん、まだ準備中なんですよ」遠くから飛んできた声に「すみません店長、高橋です」と答えた。
すぐに店長が目の前の魚から手を離して、手を拭いながら来てくれる。
「どうしたの高橋さんこんな時間に」驚いたような顔に、「申し訳ありませんがここのバイトを辞めさせていただきたいんです」と言った。
「何かあった?」そう聞いてくれる声は優しくて、この人も安心して話せる人なんだと思えた。
「実は前のお客さんに昨日襲われまして、逮捕されたらしいんですがもうここに来る勇気がありません。申し訳ありません、よくしていただいたのに」
その言葉を聞いて、店長は二週間後だの月末だのと言わずにその日のうちに辞めることを提案してくれた。
ありがたくその気持ちを受け取って、「お世話になりました」と頭を下げる。
「いつか来られそうになったら食べに来て。高橋さんにはサービスするから」
その店長はまた働きに来て、とは言わなくて、それもまたありがたかった。
二人で頭をもう一度下げて、三十分ほどでその店を後にした。
昨日の道を通って交番に向かう。その時も一歩先を彼が歩いてくれて、咲良は背中に額をつけたまま歩いた。
交番の扉を開く。そこには昨日と同じ方が一人で座っていた。
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