第75話

もう一度目を覚ました時、カーテンの外からは明るい光が漏れていた。時計は六時半。


隣には彼はいなくて、奥から何かを焼いている音が聞こえる。


布団をずらせば自分の着ているスウェットがはだけていて、それを直してから布団を畳んでキッチンのあった方に向かった。


広い背中に抱き着いて「おはよう」と言った。


その声は自分でも驚くくらい枯れていた。昨日死ぬ気で叫んだことを少し思い出してしまう。


「おはよう」振り向いた彼が優しい顔で言った。

「あるもので適当な朝ご飯だけどいい?」そう言いながら卵を炒める手つきは手慣れていて、普段から料理していることもよく分かった。


「嬉しい。一緒の朝ご飯」


「良かった。またもっと安心なときにもおいでね、ここは辛い時じゃなくても来て良い場所だからね。俺もまた来て欲しいし」


抱きついたままで思い出して、一瞬彼から離れてバッグの中を探りに行く。


「俊介、これもらってほしい。後でいいから。机の上置いといてもいい?」


それは前デートした日に渡せなかった手紙。もっと書き足してたくさんのありがとうが詰まった手紙。


「何どうしたの、嬉しいけど咲良から手渡しされたいなそれ。ちょっと待って、火止める」そう言って彼が向き直った。


「そんなになんていうか価値のあるものじゃないっていうか、つまらない物ですがっていうか、そんな感じだけどもらってください。これまでありがとう。これからもよろしくお願いします」


両手で渡した手紙は両手で受け取られて彼の手に渡った。


「嬉しい。ありがとう。……触っても、いい?」


「いいよ、でもその言い方今聞くとなんか、あの、……だから何も言わなくてもいよ」


彼もそうだったようで少し照れたような顔をしながら咲良を抱きしめた。


「好き、大好き。咲良、大丈夫だからね。今日から二日間は俺なしの時間作らせないから。あいつも警察署だろうし、安心して。……俺に、飽きないといいんだけど」


少し背伸びして彼の耳にできるだけ近づこうとすると彼がかがんでくれる。


「飽きるわけないじゃん。私も、大好き」


さすがに書いた手紙を目の前で読まれるのは恥ずかしすぎたのでそれは今度に取っておいてもらって、二人で並んで「いただきます」と言った。


朝食を口にしながら彼が言う。


「近くの病院、十時に開くみたい。調べてみたら結構評判いいところだったからそこ行こうか。それから交番は電車乗って行こう。

できるだけあの辺歩かなくて良いように。あ、もちろん焦らなくて良いよ。昨日の夜も目覚ましてたから。二度寝したかったらしてから行こう」


どこまでも優しいその言葉に美味しいご飯がまた美味しくなる。


「あの、ね、バイト先についてきて、ほしい。私もうあそこじゃ働けないから、」


「いいよ。できるだけすぐ辞めさせてもらえるようにしようか」「うん」


そこまで話して食べるペースを合わせてくれていた彼と咲良の朝食が終わった。

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