好き、大好き、もっと好き、

第74話

「みぃつけた」



その顔と嬉しそうな声が蘇る。嫌、怖い、逃げたい。


「いやっ……」


そう言って泣きながら目を覚ました。動悸が止まらない。


時計は二時をさしていた。


でも目を覚ましたのは彼の腕の中。安心する匂い、慣れない部屋の中。


大丈夫、私助かったんだから。そう思っても怖くて体をそっと起こした。


いくら起こしていいと言われていてもすやすや寝ている彼を起こすのは忍びない。


ベッドのヘッドボードに置いてあったスマホを起動して幸せそうなその顔を音のならないカメラで一枚撮った。隣にいる彼が幸せそうなことはすごく嬉しい。


だからこそ起こしてしまいたくない。


そっとスマホを元に戻して彼の腕の中に戻った。抱きしめる力が少し強くなったような気がしてその彼の体で涙を拭った。


寝よう、大丈夫。もう無事なんだから。目を閉じて眠ろうとゆっくり呼吸をする。


それでも動悸は止まらないままで、体がこわばって怖くて眠れなかった。


しばらくして目を開けてみると時計では二十分ほどが過ぎていて、それでも眠れる気は全くしなかった。


「俊介、」勇気を出して小さな声で目の前の彼を少し揺する。


彼は少しして「ん……」と目をこすりながら起きた。


「咲良……? 大丈夫? 怖かった?」起きた瞬間から自分のことを心配してくれる彼にすり寄って、足を絡めて「怖かった」と素直に言った。


「一回起きて映画でも見る? それとも寝たい?」


「できるなら寝たい、忘れたい、かな……」


そう言うともう一度自分を抱きしめなおして背中をとん、とんと優しく叩いてくれた。


「赤ちゃん扱いしないでよ」少しむっとしながら言う。「してないよ、彼女扱い」その言葉でもうどうでもよくなってしまって体を預けた。


とん、とん。


昔お母さんにしてもらったな。今は別の人がしてくれる。


「俊介、すき」少し顔を布団で隠しながら言った。


「俺も好きだよ。咲良、頑張ったね。どうしても眠れなかったら二人で朝までゆっくり映画見よう、いくらでも過ごし方はあるから。絶対朝が来る、怖くなくなる時が来る。怖い時は俺がいる」


小さな声で優しく話す声に少し動悸がおさまってきた。


彼に合わせてゆっくり呼吸する。彼とタイミングを合わせていたつもりがいつの間にか自分の呼吸が先に来て、やっぱり目の前にいるのは男の人なんだと思う。


さっきまで自分を殴っていた人とは違う。


男の人だけど、きっとあの男よりずっと力も強くてしようとすれば私を押さえつけることだってできる人だけど、そんなことしてこない。私のこと好きでいてくれるから。


それが歪んだ気持ちじゃないから。私、幸せ、なんだ。そう思ってもう一度目を閉じた。

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