第73話
「うわ、ズボン緩かった? ちょっとなんか別の探そうか」
咲良の生足を見て焦ったのは俊介の方だった。
「いいよ、俊介がこれでよければ」「咲良がいいならいいんだけどさ……」少し目を背けながら言う。
まとめた髪を見て「よかったら乾かすよ」と優しい顔で言われて素直にこくんと頷いた。
ドライヤーを持ってくる彼を見てベッドの下の床に体育座りをしてスウェットの裾を少し伸ばす。
彼がベッドに座って両足を咲良の隣において「髪、触るよ」と言ってから優しく乾かしてくれる。それが気持ちよくて少しうとうとした。
「俺のと同じなのに俺よりいい香りするね、なんか」そう言われて首まで赤くなった気がする。
しばらくして髪を乾かし終わる頃に「ごめんね、ちょっと首見せてほしい。触るよ」と首元の髪をどかされた。
「どうしたの、これあいつにされた?」
「されてない、なんか自分が汚い気が、して、」
そう言うとまた優しい声で「頑張ったね、汚くないよ、生きててくれたんだから十分」と言われてその傷を一つずつ撫でられる。
くすぐったくなって後ろを向いて彼にくすぐり返した。「ちょっと、ねえ」限界が来たらしい彼が簡単に咲良を押し返してくすぐりあいになった。
ひとしきりやりあった後には両膝に大きな絆創膏を貼ってもらった。
「やっぱり持っといてよかった。使わなくて済むならそのほうがいいけど。顔は冷えピタとかでよければあるけどどうする?」
「いい、明日最大限に腫らした状態で病院行く」その宣言で二人で笑い合った。
しばらくして咲良が安心した様子でいるのを確認してから「俺もお風呂入ってくるね。テレビ見てていいし、何かあったら呼んでいいからね」と言って脱衣所の方に向かった。
しばらくして戻ってきた彼はその短い髪をさっさと乾かして咲良の隣に座った。
「手、つないでいい?」
頷くと手が握られて「よく生きててくれたね、よく頑張ったね。無事でよかった。咲良、もう大丈夫だよ。俺がいるから」と体を傾けて目を合わせて言ってくれた。
その言葉で、さっきまで出なかったはずの涙があふれてきた。
「……こわ、かった。怖かったよ。もう、一生、外に出られなくてもいいって、一瞬思って、もう楽に、なりたいって思って。でもまだ俊介に会いたかった」
咲良の方から抱き着いた。背中を優しく撫でながら「怖かったね、辛かったね。生きててくれてありがとう」とただ話を聞いてくれた。
同じシャンプーのはずなのに彼からは自分よりずっと優しい香りがした。
しばらくして涙が落ち着いて、今度は緊張がほどけて眠くなってきた。
目をこする咲良に「ベッド使って」と俊介が言う。
「俊介は?」
「床とかその辺で」
彼がそう言うだろうことはわかっていた。
「やだ、じゃあ私が床で寝る」
「だーめ、咲良の体痛くなっちゃうでしょ」
「じゃあ、一緒がいい。ぎゅってして、ほしい」その言葉を吐き出すのに勇気が必要で分かりきった会話をした。きっと彼も気付いている。
それでも最初から一緒がいいとはまだ言えなかった。
「分かった。狭いけど我慢ね」そう言って咲良の体を軽々持ち上げた俊介がベッドに優しく咲良を落ろしてからその隣で横になった。
「おいで」腕を伸ばしてきた彼に抱き着いて丸くなる。
「あったかい、いい匂い」
「俺も。大丈夫だよ、俺がいるからね。隣にいるから。夜中に起きちゃったら遠慮なく起こして。咲良が寝るまでは俺が起きてるから」
「気にしないで寝ていいのに」
「俺のわがまま。彼女の寝顔見てたいの。明日二人で学校サボって病院と警察寄ろう。それから咲良の安心のために明後日盗聴器の検査の人呼んだから。安心して。もうあんな目に遭わせない」
一緒に、いてくれるんだ。大学行くの止めてまで。その優しい声で、温かさで、香りで、咲良はゆっくりと眠りについた。
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