第70話
言葉はさっきまでと違ってすらすら出てきた。できるだけ覚えていることを全て。でも感情は思い出したくない。ただあったことだけを話すんだ。
「バイトからの帰り道、後ろから肩を軽く叩かれて何か落としたのかもしれないと思って振り返ったときにいたのがあの人でした。
怖くてその場に転んでしまって、それで膝をすりむきました。紙の束も落としてしまって。
そうしたらあの人が『迎えに来たよ』って、『僕からの手紙を読んでくれて嬉しい』って、『一緒に行こう』って言ってきました。
その言葉であの人が書いた手紙なんだと確信を持ちました。叫んだら口を塞がれる気がして、バッグとこの紙を抱えて走って逃げました。
『なんで逃げるの』という声が後ろから聞こえてきましたが、足が速い人ではなかったのでそのまま引き離して交番に入りました。
助かったと、思って、後ろを振り返ったら誰もいなくて。
一本道で交番に入ったことはばれてしまっているだろうと思ったんですが、出て鉢合わせてしまうのも怖かったのでここにいることにしました。
申し訳ないんですがカウンターを通らせていただいて、机の下で息を潜めていました。誰かに連絡をとった音も聞こえてしまったらと思って諦めました。
それで、しばらくしたらあの人が入ってきて、話しながら近寄ってきて。その時に偶然友人から電話がかかってきてしまって、その音で気付かれました。
嬉しそうな顔で見つけたと言われ、体を机の下から引きずり出されました。
馬乗りになって抱きしめてこようとして、それを拒否したら『お仕置き』と言われて殴られました。
腕は、私の体の上でまとめられていて抵抗できませんでした。
もう、一生外には出られないんだと、殺されるんだと思って諦めかけました。
それでも生きたくて、叫びました。口を塞がれましたがそれでも叫んで、その時に警官の方が来てくださいました。それからはさっきまでの意識がありません。それ以外の暴力は振るわれていません」
隣の彼が繋いでいない方の手を握りしめていたことには気付かなかった。警察官の方も苦しげな顔をしていた。
「申し訳ありません。一人でもここにいられればそのような事にならなかったと思うと本当に申し訳ないです」
「いえ、良いんです。助けていただいて、ありがとうございました。死なずに済みました」
心からの感謝がやっと伝えられた。
それからは事実をもう一度確認されて、渡された紙に自分の名前や生年月日、住所を書き込んでいった。
「一度拒否されているということですし、状況からして何度もつきまといしていたと考えられます。
ストーカー行為として認められれば六ヶ月間の間は接近禁止命令を出すこともできますし、暴行もされたとのことですのでそちらでも起訴される可能性があります。
初犯でなければ執行猶予なしでの実刑判決が下ることもありえます」
その言葉で安心とそれよりずっと大きい不安が同時に押し寄せた。六ヶ月じゃまたあの人が来るかもしれない。そう思うと安心なんて殆どできなかった。
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