第68話

「すみません、先ほど連絡を頂きました高橋です」


息を切らした彼が言った。十五分と言った彼は十分で来てくれた。汗もかいているのが見て分かる。


怖く、ない。私他のどの男の人もきっと今はだめだ、それでも俊介君は怖くない。大丈夫なんだ。やっと、やっと助かったんだ。


その実感がようやく心に届いた。



咲良の右隣に奥から椅子が出された。


「座ってもいい?」その言葉は咲良が怖いだろうと気遣っての言葉だった。いつも通りの優しい声に大きく頷くと彼がそこに座る。


小さな声で聞かれた。「手、触っても大丈夫?」それに頷くと爪を食い込ませて血がにじんだ手を一回り大きな手が優しく包んで撫でた。


警察官が奥の方からメモを取ってきて話を聞く体制に入ると彼は左手を机の下で繋いでいてくれた。


その温かさに少し安心する。


質問されてさっきまで出なかった言葉が口から出てきた。


「あの男性とは初対面ですか」


「いえ、私のバイト先の居酒屋の常連さんでした。……それで、これ」


そう言ってバッグからぐしゃぐしゃになったルーズリーフを取り出した。


「あの、その人と、一度帰り道を引き返そうとした時にすれ違って、それで、……えっと、それで、」


そこで言葉に詰まった咲良に代わって、咲良に了承を取った俊介が話し始めた。


「彼女からその日に話を聞きました。紙に書いてある通りなのですが、彼女が帰り道に通る細くて街灯のない道で傘を忘れて引き返そうとした際に男とすれ違ったそうです。その日帰宅してから外を見たときに同じ男が外から部屋の方を見ていたそうで、ストーカーになった際の証拠として残すように自分がメモしておくように言いました。咲良ちゃん、ここまで大丈夫?」


優しい声で彼が聞いてくれた。警察官も熱心に聞いてメモを取ってくれた。


頷いた咲良を見てまた話し始めた。


「次の日から二週間の間自分が大学までとバイト先から家までを送ることにしました。次の紙に書いてあると思うのですが、男とすれ違った翌日に居酒屋に来てバイトの終了時間を聞いてきたそうです。彼女はプライベートな関係になることはないとしっかり拒否したそうです。それから一ヶ月以上男は店にも外にも現れなかったと彼女から聞います」


「はい。それからしばらくの間は何もありませんでした。彼に迎えに来てもらうこともなくても大丈夫でした」


咲良もそれだけ答えられた。


警察官はルーズリーフをめくりながら話を聞いてくれた。そのメモが追いついて、その後せかすことなく穏やかな口調で今日のことを聞いてきた。


そこで一息ついた。



彼にも話していないことをこれから話すことになる。


それに緊張して、深呼吸してから話し始めた。

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