第60話

次の日から毎日練習してその後に軽く走ってからバイト先に向かうのがルーティーンになった。誰より速く走りたい、その姿を見て欲しい人がいる。


そう思うとタイムはどんどん速くなって高校の頃のベストタイムを超えた。


平日には三葉と話し込んでお互いに自分の彼氏がいかに好きかを語り合った。


「ちょっと三葉メモしない、俊介君に送る気でしょそれ。そんなことされたら私も賢人君に今の話流すけど」


「キャーー無理無理、止めるから許してください」


古川さんとも三葉の友人として、そして良き男友達として話すようになっていたし三葉も俊介君と連絡を取っていた。


「にしても良い彼氏だよねえどっちも。素敵すぎる俊介さん」


そう話しながら授業の間を埋めて、その週は女子会も全部断って部活に専念した。


そして来た、五月末の新人戦。俊介君がどこにいるかは分からない。


でも来てくれるって言ってた。見ててくれるなら私誰より速く、どの瞬間よりも速く走れる。


緊張しながらスタートラインに立って準備した。音が鳴ったらそこから十秒もしない間に全部が終わる。ここで勝てなかったら決勝にはいけない、最後かもしれない。


最後だと思って走ろう。誰より速く、後悔なんて絶対にしないように速く。


ピストルの音とともに全員で走り出した。


速く、速く、速く。


他のレーンには誰も見えない。


もっと速く。もっと、もっと。私の人生で一番速く。


そのままゴールして軽く流しながら走る。


タイムはーー自己ベスト。


一位だ、誰にも超されてない。


決勝に上がるのも決定。まだ走れる、もう一度最後ができる。私これよりまだ速く走れる気がする。もっと走りたい。


それに勝てて良かった、私少しはかっこいいところ見せられたかな。


最後までかっこよくいてやる。今日は誰より速い私でいるんだ。休憩時間もそれだけを考えて過ごした。靴の調整も、自分のコンディションも最高に仕上がってる。


絶対に勝ってやる。絶対に誰にも抜かれない。そう思って二度目のピストルの音を聞いた。




そのまま決勝でも咲良はぶっちぎりのトップを取って優勝のトロフィーを受け取った。その時もまた自己ベストを更新した。


自分が誇らしく思えた。私高校で諦めたつもりだったけどまだ走れた。


見ててくれた? お父さん、お母さん、それに俊介君。あなたがいてくれたおかげで私これまでで一番速く走れた。一番速いタイムを出して表彰だってされた。


ロッカールームで汗をかいたものを全部リュックに突っ込んで制汗剤で一旦綺麗になった。帰ったら最初にお風呂だ。自分のこと褒めてあげなきゃ。


今日はトリートメントもパックも全部してマッサージして完璧な私で寝よう。


帰り道に何かメッセージが来ていないかと期待してスマホを開いた。


「最高にかっこよかった、惚れ直した。もっと話したいしまた見に行きたい」


その一言だけで今週を捧げた甲斐があった。


さっきまで走っていて全力を使い果たしたはずなのにその日は駅からまた走って帰った。


速攻でお風呂につかって全身を癒やした。

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