第58話

入ってすぐのところにイルカが泳いでいて咲良は目を輝かせながら水槽に走り寄った。


「ねえ見て、このイルカすごいこっち来てくれる! ファンサービスの精神完璧だよ、かわいい、見えてるかな、高橋です」


写真を撮りながら彼を呼ぶと「ファンサービスって。自己紹介までしちゃうんだ」と笑いながらついてきてくれた。


入ってみれば子どものようにはしゃぎだしたのは咲良の方で、俊介は後を付いていっては同じ物を見て笑いかけてくれた。


「咲良ちゃん、ペンギンツアーあるって」


「ペンギンツアー?!」


その目が一層輝いたことがはたから見ても明らかだったようで嬉しそうに「一緒に行こうか」と言ってくれた。


ペンギンが近くにいて列になって歩いて行く。近くに寄ってみれば咲良の方を見てちょこちょこ付いてくるペンギンがいてたまらない気持ちになった。


「どうしよう、かわいいよこの子。私のおうち、来る?」


「いやさすがに無理でしょ。餌あげられないよ」と笑いながら言ってくれる彼はずっと優しくて、少しゆったり歩き始めたときには手をつないでくれた。


しばらくして慣れないヒールに少し足が痛んだが、そんなことよりも一緒に水族館を見ていたかった。


少しして水族館を回りきって外に出たとき、「咲良ちゃんちょっとこっちおいで」と手を引かれてベンチに誘導された。


ベンチが綺麗なことを確認してから「座って」と言われそのまま座る。隣に座ってくれるとばかり思っていた彼はその場に跪いた。


「え、ちょっと何?」そう聞く咲良をそのままにして咲良の靴をゆっくり脱がせる。


「あー痛かったでしょこれ。一駅歩かせちゃったもんね、ごめんね。すぐそこにコンビニあるから絆創膏買ってくるよ」


気付いて、くれたんだ。私顔にも歩き方にも出したつもりなかったのに。私のことどれだけ見ていてくれたんだろう。


「あ、私持ってるからそれ貼るよ。ごめんねわざわざ」そう言って自分で片足ずつ血のにじんでいる足を出して絆創膏を貼った。


「俺も持とうかな、女の子だからとかじゃなくても持ってたらいいよねそれ」


女だからとか、さすが女の子、とかそんなことは一言も言わない。


そこがまた好きになって、隣に座ってくれている彼とまた手をつないで歩いた。


さっきよりも遅めに歩いてくれているのは多分気のせいじゃない。


「初めてのデートであまりに長いと別れる原因になる」なんて聞いていた咲良はそのまま四時過ぎに最寄り駅に着いて別れようとした。


でもまだ離れがたい、まだ一緒にいたい。


こんなわがまま言ったら良くないよね、きっとこれから俊介君にも予定あるし。


「離れがたいね」そう声に出してくれた彼が同じ気持ちだったことが嬉しくて頭をぶんぶん振った。


しばらくそのまま話して、それでも帰らないといけない時間が来た。


当然のように家まで送ってくれた彼が玄関で言う。


「また会おう。今日の夜電話も良かったらしよう。来週は俺が咲良ちゃん見に行く。月曜に会えるのが楽しみになる」


「私も。楽しみにしてるね」離したくなかった手をやっと離して手を振った。

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