第56話
その週の土曜日、咲良はデートに出かけるためにいつもとは違うガーリーな洋服を引っ張り出してきて鏡の前でくるくる回っていた。
二人で相談して、レストランで昼食を取ってから水族館に行くことが決まっていた。
それに合わせて淡い水色のブラウスにスカートを合わせて、いつもは履かないヒールを履いた。三葉に写真を送ると「完璧。かわいい。楽しんできてね」と返ってくる。それなら安心。
好きと言われた香水も忘れずにつけた。
忘れ物、してないかな。お金……十分か。鍵も忘れてない。あとはちょっと重たそうだったらやめとくけどこの二週間ありがとう、好きだよのお手紙。
これは渡せる勇気があるか分からない。
夜中に書いたら大変なことになるのは分かってたから昼間に書いて何度も読み直してそんなに恥ずかしい言葉の羅列じゃないことは確認したけどそれでも恥ずかしい。
バッグの中身を確認して家を出た。
晴れていて気持ちのいい春の日。
一応と思って周りを見回すが私が恐れているあの人はどこにもいない。安心して家を出て待ち合わせ場所の駅に向かった。
ヒールを履いているから遅くなるかも、と思って早く家を出すぎたのか予定より大分早く到着してしまった。
スマホを開こうとして止める。私はこういうときにスマホを開いていない彼を素敵だと思ったんだもん。
そう思って駅の目の前にあるバス停のベンチに座った。
ここなら来てくれたとき絶対に分かる。彼より先に見つけたい。
そういえば昔好きだった漫画に好きな人のことはすぐに見つかっちゃうとか書いてあったな。あれ本当なのかな。
そう思いながら時間を過ごした。電車の出発する音、近くのカフェからの良い香り。温かい日の光に心地良い風。全部を受け止めていればスマホなんて必要なかった。
私これまでスマホばっかり見ながら歩いてたけど実は見逃してる物って多かったのかも。
道ばたに咲いている花だって、公園にいる子どもだって、きっと私はこれまで見逃してきたんだろうな。
彼はそれを全部見ているからあんなに素敵な人になったのかな。見ながらいろいろ考えてたのかな。私、もっと俊介君のこと知りたい。
そう思っていたときに遠くを歩く一人の人が目に入った。別に歩き方や洋服が特殊なわけじゃない。
でも、あれ絶対俊介君だ。絶対そう。本当に好きな人の事って目に入っちゃうんだ。
そう思って歩いてくるその人に駆け寄った。やっぱり俊介君。
「俊介君!」声をかけると優しい笑顔で「咲良ちゃん」と返ってきた。
「待たせたかな、もしかして。早く来たつもりだったんだけど」
「ちょっと私が早く着いちゃって。でも空気が気持ちいいなとか考えてたらすぐだった。それで、歩いてくる姿見て絶対俊介君だって思って来た」
「俺も。あの座ってる子絶対咲良ちゃんだと思ってた。まさか走ってきてくれるとは思わなかったけど。今日なんかおそろいみたいだね」
俊介君が着ているのも袖をまくった淡い水色のシャツにジーンズ。「ほんとだ。なんか嬉しい」そう言うとまた柔らかい笑顔で「俺も」と言ってそのまま咲良の手を取って駅に歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます