第54話

傘の中で二人でその日の予定を話しながら大学に着いた。


二人とも五限まで入っていてその後咲良のバイト、俊介君は送っていってからでも間に合う塾講師のバイト。


俊介君から連絡が来るまではお店の中で待ってそれから家に送ってもらう。


申し訳ないくらいに頼りっぱなしだったがそれでもいいと言ってくれたのでしばらくの間だけ、と自分の中でも言い訳をつけた。


三葉と講義室で会った時、三葉は真っ先に自分のことを心配してくれた。「大丈夫だよ、今は俊介君もいてくれて心強いし三葉の昨日のメッセージも安心した」


そう言うと三葉も少し安心した顔をして咲良の隣に素直に座った。授業が終わってからも「何かあったら連絡してね!」と言ってくれた。優しいその子がまた一層大事になった。


大学の講義を受けきってからまた全学教育棟の前で二人で待ち合わせ。


そわそわしながら待っていると小走りの俊介君が出てきて「待たせたね」と言ってまた傘を開いてくれた。そのまま歩いてバイト先に向かう。


「バイト、大変でしょ遅くまで。頑張ってるね。今日は着いたら先に昨日のこと伝えなね、早い時間じゃないと居酒屋って混むだろうし」


「うん、そのつもり。ありがとうこんなに一緒にいてくれて」


「一緒にいたいからいいの。彼女バイト先まで迎えに行けるなんてご褒美でしょそんなの」


どこまでいっても彼は優しくて、どんどん沼にはまっていく。


バイト先に到着して、店の前で分かれて手を振った。


切り替えて店に入る。まだお店の中は殆ど人がいない、言うなら今だ。そう思ってちょうどいた店長に声をかけた。


「すみません、ちょっとお話が」店の奥で調理していた店長は咲良の少しこわばった声を聞いてすぐに調理を他の人に代わって出てきてくれた。


ロッカールームで昨日あったことを話す。常連客だったからかその人のことは店長も覚えていたらしく、すぐに話は進んだ。


「じゃあこのお客さん来たら接客に咲良ちゃん回さないでできるだけ他のバイトさんに行ってもらうことにするか。帰り道は大丈夫?」


割とではあるが治安の良い店だけあって店長も親身になって話を聞いてくれた。


「帰りは迎えに来てもらうことにしてるので大丈夫です。ご配慮ありがとうございます」


そう言ってその日のバイトが始まった。



しばらくしてその男が入店してきたとき、自分の体が固まりそうになるのをなんとかこらえて席に案内した。そこからは別のバイトの人にバトンタッチする。


しばらくして、そのバイトの後輩が店長と何かを話しているのが見えて店長に声をかけられた。


「あのお客さん高橋さんを呼べって言ってるらしい。そうじゃないなら帰るって。うちとしてはバイトさんも大事だし高橋さんは特によく働いてくれるから無理そうなら断ってお引き取り願うけど、どうかな」


その言葉に心が震えだしたが体はいつも通りだった。こんなに大事にしてもらってる。店の中で何かしてくるとも思えない。


「大丈夫です、行ってきます」


申し訳ないという顔をした店長に礼を言ってその客の元に向かった。


「お客様ご注文でしょうか」その男はいたって普通に注文してくる。安心して席を後にしようと思ったときに、声をかけられた。



「高橋さんってさ、彼氏とかいるの?」


「私的なご質問にはお答えしかねますが」


「じゃあバイトいつ終わるの?」


「申し訳ありませんがそれもお答えしかねます」


そうだ、ストーカーって言われるには一度は拒否しなきゃいけないって言ってた。


「それくらい答えてくれたっていいじゃん」


「申し訳ございませんがお客様とプライベートな関係になることはございません。ご了承ください」



これで断ったことには、なるかな。そう思ってそれ以上何も言わなくなった男に「それでは失礼いたします」と言って席を離れた。

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