第53話

次の日の朝、咲良は朝から気合いを入れてメイクした。昨日の夜あんな醜態を見せてしまったんだから、今日くらい惚れ直すくらい可愛い私でいたい。


何度もメイクもチェックして、いつも使わない香水まで使った。せっけんの香り、一番男の子は好きって言うけどどうかな、きつくないかな。


香水ってきつくなると急に好感度下がるからな。十分すぎるほどメイクに時間をかけて、朝食を取ってからもう一度リップを塗り直した。


デートとかじゃないのになんか緊張する。朝から会えるなんて、帰り際も来てくれるなんて、一日の最後まで一緒にいられるなんて。


早く会いたい。


その期待が我慢ならなくなって来た頃にインターホンが鳴った。


俊介君……だよね、でもどうしようあの人だったら。この部屋の住人が若い女なのは声を出したらすぐにばれてしまう。


そう思って少し怖くなっていると電話がかかってきた。


「咲良ちゃんおはよう。迎えに来たよ、インターホン今押したの俺。ごめんね、連絡せずに押したら怖かったよね。ちょっと気が回ってなかった。周りも若い女の人と犬連れてるおじいちゃんしかいない。今度は安心して開けて」


その声と同時に部屋からも電話からもインターホンの音が響いた。今度こそ安心して開ける。しばらくして来たのが俊介君であることを確認して部屋の鍵も開けた。


「おはよう。ちょっと来るの早かったかも、ごめんね。ちょっと姿見たくなっちゃって。昨日夜まで一緒にいたのに変な話だけど。今日のメイクも昨日とはまた違ってかわいいね」


褒めてくれたことが、同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。昨日は怖いことがあったからと理由をつけたんだけど、今日は甘える理由がない。


どうしようかな、昨日みたいに甘えたいのに。


そう思っていると「行こっか、今日雨予報だし俺歩きで来たからよかったら手、つないで行こ。……やだったらいい。


なんか昨日ので俺の中の咲良ちゃんの場所が大きくなり過ぎちゃってるから、ちょっとどこまでなら許されるかわかんなくなっちゃった。断ってくれて良いから」と言われた。


昨日ので気持ちが大きくなったのは、私だけじゃ、ないってこと? 


なんにも理由がなくても甘えても良いの? 「いいよ、彼氏だもん俺」


「え、ちょっと待って今の口に」


「出てた、がっつり出てた。かわいいなそんなとこまで。甘えて、ほら」


左手を差し出してくる彼にこちらも右手を差し出した。鍵をかけて傘を持ってから外に出る。軽く雨が降っていて、名残惜しくなりながら手を離して傘をさそうとした。


その手をそのまま離さないで彼が言った。「こっちおいで」右手だけで器用に開いたその大きい傘に二人で入る。


急に近くなった距離感にも、傘を持っているその高さが自分の腕よりずっと高いことにも心が跳ねた。


「なんか俺気持ち悪いかもしれないけど咲良ちゃん今日なんかしてる? すごい良い香りする」


「あ、きつかったら離れてね」


「いや良い香りだって。全然きつくない。これ俺好き。咲良ちゃんらしいね」その言葉にまた嬉しくなった。





だから、その姿を見ている人がいるなんて事には気付かなかった。

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