第49話
部屋に案内してからも手の震えが止まらない。もう大丈夫なはずなのに、外には誰もいなかったって、今誰より安心できる彼が言ってくれたのに。
「あ、今お茶出すね。急いできてくれたの電話越しで分かったし。疲れたよね、ごめんね」
「ありがとう、ごめんねまだ怖いのに。俺が早く来たくて来ただけだからその辺は気にしないで」
お茶だけなんとか渡して、狭い部屋の中で場所を迷ってから結局隣に座った。伸ばしたはずの足は彼よりずいぶん短く見えた。
「……怖かったね。まだ怖いよね。本当に連絡してくれてありがとう。不謹慎だけど頼ってもらえて嬉しかったし何か起きる前に言ってもらえてすごい安心した。
何でもない話でも、こういう何かあるかもしれないっていうような不安でも、何でも聞くからいつでも電話して。
何もないかもしれなくても、実際何もなくても、それはそっちの方がいいことだし。ただ、心配なことを話してくれたら俺が安心なんだ。それに普通の話だっていくらでもしたいから。嫌いになんてならないから絶対」
その言葉の優しさがまた咲良を泣かせた。顔を見られたくなくてうつむいたのが彼には効いてしまったらしい。
「ああごめんちょっと待って泣かせたかったんじゃなくて……」
珍しく慌てている姿に泣きながら少し笑ってしまって、それを見て彼も安心したようだった。
こんな優しい人が隣にいてくれてるんだ。私のことを守りに来てくれたんだ。私この人がいたらあんな人もう怖くない。怖いことがあったんだから少しくらい甘えても、いいかな。
そう思って少し彼にすり寄った。広い肩に頭を預けようとするとコップを置いてそれを許してくれて、その手が代わりに頭の上に乗った。
優しくその手が頭の上を行ったり来たりする。気持ちいい、もっと。そう思ってすり寄ったのが伝わったらしくて隣の人は少し嬉しそうに笑った。
すり寄ったときに分かった。多分香水じゃない、でも近寄れば分かる。昨日と同じ香り。
思えばこの前会ったばっかりで、昨日ちゃんとした恋人になったばっかりなんだ。それなのにもう私この人に全てを預けても良いって思える。
前付き合っていた人だって素敵な人だったけど、それとはまた別格になるくらい、それくらい彼のことが好き。
「待って、ちょっとこれ以上するともっと好きになっちゃいそう。抑え効かなくなる」
そんなの私からしたらご褒美でしかない。座っていても一回り背が高い彼を見上げて言った。
「そうなってほしい。私、会ってない時間も今もどんどん好きになってるから。なんか、もう全部預けてもいいやって思えるくらいなの」
「こら、そういうこと言わないの。何もしないって誓ってここに来たんだから。……それにまだ手、震えてる。怖いんでしょ。ほら手こっち」
そう言って自分の手が一回り大きい手に包まれた。
「……頭も撫でて欲しいのに」こんなこと言うのなんて私らしくない。らしくなさ過ぎる。彼は少し困ったような嬉しそうなような、なんとも言えない顔をした。
「俺には手が二本しかないからこっちでちょっと我慢して、先に震えてるのどうにかしたいから」
そう言って手の震えが止まるまで手を握っていてくれた。
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