第48話
優しい声に少し安心しながら言われた通りにメッセージで部屋番号を打ってからルーズリーフを出して震える手でメモした。
新しいノートもメモ帳も、使い始めたらその次があるような気がしてしまって、準備しても何も書き出せなかった。
怖かったあの記憶を思い出して書いていく。今が一番覚えてるし他の日にもう一度思い出すのも辛い。今書かないと本当に何かあったときの証拠にならないかもしれない。
五月十日 バイト先の居酒屋からの帰り道、傘を忘れたことに気がついて引き返したら居酒屋の常連の人とすれ違った。
その後そのまま歩いて行ったようだったので安心して帰宅したが、家に帰ってカーテンを閉めようとしたときに外に同じ人がアパートの外で立っていた。
目が合いそうになってカーテンを閉めたが家の場所と部屋を把握されたかもしれない。帰り道はスマホを見ていたので付いてきたのかわからない。
この人は基本的に一人でいつも居酒屋に来ている。何度か声をかけられたことがあったので店員として対応した。
名前を呼んで接客が良いと褒められたことがある。眼鏡をしていて痩せ型、身長は百七十ないくらい。髪は黒で少し長め。
あとは居酒屋、自宅、すれ違った場所を簡単な地図にしておく。
その間も電話越しには少し息の切れたような声で「もうすぐ着くからね」と言われていた。急いで来てくれてる、それだけのことがまた嬉しかった。
十分ほどして「着いたよ、家の周りにそれっぽい人は誰もいない。外覗かなくて良いからね。自転車停めさせてもらうね。……今部屋のオートロック押しました」
その電話越しの音と同じタイミングで玄関のインターホンが鳴った。
「はい」
「高橋です」
「開けるね、ありがとう」
しばらくしてすぐに今度は部屋のインターホンが鳴った。「ちゃんとドアスコープ覗いてから開けてね」なんて電話越しの小声の彼が伝えてくれる。
ドアスコープを覗けばそこにいたのは息を切らした俊介君だった。
鍵とチェーンロックを開けて部屋に迎え入れた。そこでやっと彼は電話を切って言った。
「ごめんねこんな時間に女の子の家なんか上がらせてもらって。鍵閉めるよ、チェーンロックもかけとくね」
「いやそんな、私が来て欲しいって言ったんだもん。安心した、ありがとう。もう大丈夫だ、俊介君が来てくれたんだも、」
大丈夫だと言ったはずが安心で止まっていた涙がこぼれた。
靴を脱いだ彼は「怖かったね、もう大丈夫だから」と言って頭を撫でてくれた。
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