第29話

母は咲良の願いも言葉もむなしく、数ヵ月後に父の後を追うように衰弱して死んだ。その電話が鳴ったとき、もう誰も怒らなかった。




走って走って病院に着いたとき、もう母は息をしていなかった。咲良は母の死に立ち会うことさえできなかった。握った母の手はもう冷たくなっていて、咲良はそこで呆然としたまま泣くことさえできなかった。


あんなに愛してるから、私のためでいいから生きてくれと伝え続けたのに私じゃやっぱりだめだったか。私のご飯食べるくらいの希望じゃ生きられなかったか。ごめんねお母さん、私じゃ貴方の生きる意味にはなれなかった。


そう思っている心は驚くほど動いていなかった。咲良の心はもう死にかけていて、二人の死を驚くほど素直に受け入れていた。


二人の葬儀は近くの祖母の家に頼り、その後の高校生活も祖母を頼ることになった。



不思議と涙は出なかった。二人とも闘いきって死んだんだ。一度二人の容態から目を背けようとしてしまったのを悔やんだが、それでも自分にできうる全てのことをし尽くした自負があった。だからもう咲良にできることは何も残っていなかった。泣くことさえ残されていなかった。




咲良の体は、あの日咲良に幻覚を見せたようにもう一度咲良の心を守った。咲良から家族の病と死に関する記憶を殆ど全て抜き取った。


受験期に入った一年間、咲良は壊れた機械のようになりながら、それでも一年間を勉強し続けて過ごした。


自分だけは闘い続けないといけないと、もう動いていないはずの心のどこかで思っていた。


教師も両親を亡くした咲良に優しくなった。そんな優しさを受け止めるだけの心の余裕は咲良には残っていなかった。


それは教師にも伝わっていたようで、何度もスクールカウンセリングを薦められたが全て断った。誰に話せる言葉ももう残っていなかったし、もう記憶さえ残っていなかった。


それでも教師は両親のことを生徒の誰にも伝えなかった。友人に両親の死を知られなかったことだけが救いだった。


咲良は両親とともに闘い始めた日から、一日たりとも闘うことを辞めなかった。回る頭を無理矢理睡眠薬で寝かせて、毎日のように勉強にいそしんだ。


もう大学に行ったところでしたいことなんてなかったし、今後の人生の希望すら見えなかった。ただ闘いきった両親のことを思えば死ぬことなど、諦めることなど、




ーー逃げることなど、できなかった。


咲良はまだ心が生きていた頃の志望校に合格した。それすら嬉しくもなんともなかった。


ただ奨学金を借りて一刻も早く自立しようと、それだけを考えていた。

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