第23話

その日そのまま走って病院に向かった。面会時間はギリギリ、でも会いたい。二人の顔が見たい。どんなに辛そうにしててもそれが現実なんだ。もう私は受け止めるしかないんだ。それなら会いたいし愛させて欲しい。あんな先生のせいで会えなかったなんてことしたくない。


なんとか時間十五分前に病院に着いた咲良は「面会です」と言ってそのまま三階に向かった。エレベーターが来ない、早く来い。なんで来ない、……ああもういい。そう思って階段を駆け上がった。


いつもよりも音を立てて開いた扉に、咲良が息を切らしていることに父は驚いているようだった。

「どうした咲良、久しぶりに来たかと思ったらそんなに急いで」


あ、そっか、抗うつ薬って休薬期間があるんだっけ。点滴してない。お父さん辛そうじゃない、でも本当は辛いのかな。


「最近全然部活立て込んじゃって全然来られなかったから今日こそはと思って全力で来た、それだけだから心配しないで、……疲れた」


「それはまた……別にそんなに無理してくることないんだぞ? 電話だってできるし」


「そうか電話って手があったか。今週は電話もしなかっちゃったから二人とも心配してないかと思って」


電話したところで咲良に話せるような事はこの一週間全くなかった。でも不思議と久しぶりの父を見ても涙は出なかった、はずだった。



「ごめんな咲良、僕らのことで心配してるだろう。最近ずっと前までしてこなかったメイクもしてるし寝られてないんじゃないのかってずっと思ってた。今週だって本当は何かあったんじゃないのか」



娘の取り繕った部分なんて親からしてみればすぐに分かることだったらしい。


それに気付いたまま、限界が来るまでお父さんは私に聞かなかったんだ。


私が心配させまいとしていることなんかとっくのとうに気付いていて、それでも気付かないふりをしていてくれたんだ。


私が心配して心を病んだって、もしかしたら主治医の先生から聞いたのかもしれない。それってここから出られない二人にとってどんなに心配なことで、どんなに罪悪感を感じたことだったんだろう。


私がもっと上手くやっていれば、でもそんなことはしても無駄だったのかもしれない。


涙がぼろぼろ落ちてきて、手を引かれて抱き寄せられて髪を撫でられたことでそれが止まらなくなった。


「ごめんな咲良、傍にいられなくて。心配させて。……生きていられるか分からなくて」


「お父さん、死なないで、愛してるの、生きててほしいの、死なないで」


その日、癌を宣告されてから初めて父の前で泣いた。ベッドにいる父に縋り付いて、周りに聞こえてしまうなんてことも気にせず泣いた。


「お父さんとお母さんとずっと一緒にいたいの、家に帰ってきて。三人で一緒にいたいの、私にあの家は広すぎるの。生きてられるか分からないなんて言わないで。お父さんはずっとずっと生きるんだから。私の大好きな、愛してるお父さんなんだから死んじゃだめ」


子どものような言葉で、子どものような泣き声で父に縋り付いて泣いて泣いて、面会の終了時間が来る五分前になんとか部屋を出て母の部屋でも泣いた。


二人が死んでしまうんじゃないか。それを言葉にするのは誰より怖くて、それでも心配されていることに気付かれていると知った瞬間に二人に頼りたくなってしまった。


その日は泣きながら家に帰って二人と電話をしてまた泣いて、その涙でなんとか二人の病気を受け入れた。

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