第22話

それから一週間が経った日の夜、残酷な事実が少し回復した咲良を襲った。



幻覚って思ってたの、全部本当のことだ。私が思ってた二人が幻覚だったんだ。二人は癌なんだ。お母さんはステージ三、お父さんは四。


お父さんがあと五年してから生きていられる確率は六パーセント。たったそれだけ。もう会えなくなる日がくるのかもしれない。信じがたくてもそれが真実だった。



それを思い出して過呼吸になった。視界がかすんで体が固まっていく。それでもあの日の母のような呼吸は止まらない。私も癌ならいい。三人で癌なら乗り越えられる。



そう思っていたのに目を覚ましたときもう咲良は元通りだった。どこも痛くないし咳一つだって出なかった。


私何もできないのに現実を受け入れることさえできなかった。二人の顔を見に行くことすらせずに一週間も経った。


その間にももしかしたら二人の命は消えてしまうかもしれないのにその時間を私は浪費した。


顔を一週間何の連絡もなしに見せなかった事を二人はどう思っているんだろうか。私のことを心配させてしまうかもしれない。


そんな心の余裕ないはずの二人にそれを強いてしまう。私何やってたんだ、受け入れがたいからって本当の事から目をそらして、それでなんとかなると思ってた。


なるわけがないのに。二人の病気は進むかもしれないのに。



そうだ学校、学校も行かなきゃ。私一週間もほぼ何の説明もしないで休んでる。そう思って久しぶりに制服に袖を通して学校に向かった。



一日だけ連絡してその後はずっと不登校、その上久しぶりに学校に来たと思えば遅刻。咲良は放課後指導室に呼び出されて散々怒られた。


「なんでこんなことするんだ高橋。こんなに連絡もなしで休んで今日もメイクして。親御さんがどう思うか分からないのか」


その言葉は今日の朝現実を受け止めたばかりの咲良に刺さった。嫌いなはずの指導担任の前で泣くなんて事したくなかった。


でも、”親御さんがどう思うか分からないのか”なんて、あんたに私がどう思ってここに来たのかじゃあ分かってんのか。


私だって両親二人とも何を考えているかだって分からなくて、元気に見えた父がステージ四だって言われたんだ。


お父さんは元気なふりをし続けて私はそれに気付かなかったんだ。


一週間も私なんかのせいで会えなくて、本当なら今日だって学校なんかに行かずに朝一で二人のところに向かいたかったんだ。


メイクだってコンシーラーがなきゃ私はもう普通でいられないんんだよ。誰にも心配されずに学校にも病院にも行けないから仕方なくしてるんだよ。


本当なら毎日こんなもんしないでいたいに決まってるだろ、その手間でさえ二人のために使いたいんだから。


あんたに怒られてる時間さえ私にはもったいないとしか思えないんだから。



ささくれて荒くなった言葉を全部ぶちまけてやりたかった。でも全部ぶちまけたら二人が本当に死んでしまうような気がして言えなかった。


「すみませんでした」涙目で言ったその言葉は反省として受け取られたらしく、そのまま咲良は「もうこれ以上するなよ」とだけ言われて解放された。


もうこれ以上するなよなんて、じゃあ誰が私に食べさせて寝かしつけてくれるんだよ。そう思ってその言葉は耳に入れなかったことにした。

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