第18話

抗がん剤の治療が始まって二週間が経った頃、母にシミができはじめて髪も二人とも抜け始めた。母は「こんなの生きていられるならなんてことないよ、また生えてくるし」と言ったし父は「もう年だからどっちにしろ薄毛になってきてたし諦めて坊主にするか。自分でやった方が朝起きて髪が抜けてるよりショックが少ない」と言って自分で髪を剃った。



母は気丈に振る舞っていたが絶対にショックだろうと思った。いくつか母の髪型に近いウィッグを検索履歴に入れておいてお見舞いの時に見せた。


「そっか、ウィッグなんて手もあるのね。それならいいかもしれない。咲良わざわざ調べてくれてありがとう。ママも調べてみるわ。


もし欲しいものが見つかったらネットで注文して家に送るから持ってきてくれる?」と言ってくれた。母に一つでもしてあげられることがあったんだと思うと嬉しかった。


「もちろん。……で、それまではこれ。まだ暑いかもしれないし病人感すごいけど一応」と言ってニット帽も渡した。


「ありがとう。咲良は学校どう? 部活の話とかも最近は全然しないけど去年と同じ時期ならそろそろ大会じゃないの?」その言葉に返す言葉は考えてあった。


「実は前言ってたやらかした後輩がやらかした直後から責任感なのかやたら速くなってさ、実力で思いっきり超されたので今回は出る幕なしです。二人のせいじゃないからね、ただ私も休日練習サボったり補修受けたりしてたらいつの間にか超されてた」


本当の事を言えば自分よりも速いスプリンターなんて女子には一人もいなかった。それでももう辞めたんだからどう言ったって同じだと思ってそう言った。


「あらそうなの、それは残念だったね。一緒に大会にも行かないの?」


「大会がちょうど土曜の補修の日に被ってるんだよね。私中間テストでやらかした上にメンバーですらないから公欠にしてもらえないの。ほんと中間テスト詰め込んどくんだった、一夜漬けは今回で終わりにする。次回からは二週間前から勉強する」


「咲良それ一年生の頃から言ってたでしょ、ママは別に咲良の成績が悪くても良いけど大学の選択肢が増えるから一応勉強はしておきなさいよ」


「はーいやります次回からはやります」


「今日からやった方がいいと思うけどなあ?」


「分かったよ今日からやります、次のテストはお母さんに見せるからね」


そうやって普通の会話ができるのが嬉しかった。次のテストまで元気でいるよね、そう思って出した言葉も不自然ではなかったはずだ。

そうやって話そうとしても母が吐いてしまって話にならない日もあった。父とは普通に会話ができたし比較的元気そうにしていたので父のことは母よりは心配しなくなっていた。母の部屋を出た時父がそこにいた。


「ねえ咲良、パパ今日まだ聞いてなかった。思い出して部屋から出てきちゃった。聞かせて?」


「はいはい。愛してるよ、大事だよ。だから早く治してください。うち一人で暮らすのには広すぎるからできるだけ早めね、ASAPね、意味分かる? そこのサラリーマン」


「アサップって何、僕仕事でそんなこと言われたこともないんだけど」


「できるだけ早くって意味です、スマホで調べといてめんどくさいから。じゃあね、また来るから」


「聞けたから満足して眠れるよ。咲良も帰り道気をつけるんだぞ。じゃあ」


そう言ってその日は病院を出た。

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