闘い

第17話

次の週から本格的な抗がん剤治療が始まった。一週間の間に二人とも問題になるような合併症がないことが分かったためそのまま治療に移行した。



二人にどんな副作用が出るかは分からない。でも咲良が調べた限りでは抗がん剤の副作用も昔のようには酷くないらしいということが分かって少し安心した。


ただ髪の抜けてしまう症状は今でも多くのケースで認められているらしい。お父さんはまだしも、お母さんは。四十代の若さで女の命とも言われるその髪を失ったらどんなにショックだろう。


そう思ってオーダーのウィッグも調べ尽くした。毎日のように病院に通い、父から求められて”愛してるよ”と言って帰ってくるのを繰り返していた。



陸上部も二年生の半ばにさしかかった頃に辞めた。理由も聞かれたが家族と相談の上で辞めることになったとしか言わなかった。


家族が癌にかかっているからお見舞いに一日でも、一分でも長くいたいんですなんて言えなかった。部活を辞めたことも家族には言わなかった。


ただ忙しくなくなってきたから今日は来たよ、と言って毎週お見舞いに行った。


もしかしたら二人は気付いているかもしれない、気に病んでいるかもしれない。それでも傍にいたかった。娘として咲良にできることはそれしかなかった。




始まった抗がん剤治療は特に母にとっては苦しい物だった。抗がん剤の投与から一週間が経った頃から母は咲良が来ている間何度も我慢したような顔をして、それでも吐いた。


背中をさすってナースコールを押して、看護師さんが来たら咲良ができることはそこに何もなくなった。


父はそれでも元気で「口内炎がひどいんだ」と嘆く程度だったが、それすらも何もしてあげられないのが辛かった。


父にはただ笑って、「ビタミン取らなきゃだね、ちゃんと病院のご飯美味しくなくても食べきってよね」なんて言って、愛してるよと必ず伝えて帰った。




吐いていた母の顔を見ると自分も家に帰っても何も食べる気にはなれなかった。


あんなに苦しそうなのを何一つ自分は助けてあげられないんだと思うと食べ物を見ても全く食欲はわかなかった。


学校にこそ行っていたものの咲良自身が生きていくための元気はもうどこにもなかった。


病院に行く時二人に、それに友達にも心配されないように学校でだけ昼食を取って、いつの間にかできてしまったクマを隠した。


咲良の学校ではメイクが禁止されていたため、見つかって何度も叱られた。


これまでテストの点は良くなかったけど部活も力を入れていたしそんな校則違反しなかったでしょう、なんでいきなりこんなことし出したの。咲良は何も言い返さずにただ謝り続けてそれでもコンシーラーは使い続けた。


没収されても同じ物を何度でも買った。ご両親に連絡を、と言われた時には仕事で電源切ってるので無理です、電話するなら家にお願いしますとだけ言って家にかかってくる電話には絶対に出なかった。


いつの間にか咲良は教師の中で不真面目な生徒に数えられた。そんなことどうでも良かった。

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