第16話
扉を閉めたときに少し緊張が解けて、膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか支えた。まだお母さんのところにも行かなきゃいけないしもしかしたら二人とも病室から出てくるかもしれない。こんな姿見られて言い訳できるだけの頭の回転は私にはない。
とりあえず第一の関門はクリアだ。お父さん元気そうにしてたし、本当はもっと大丈夫なのかもしれないし。もう一回検査したらステージ二かもしれないし、それに二人が五年どころじゃなく生きてくれるかもしれないし。それなら何よりだし。
次の部屋行くか、隣のはず。部屋の前のネームプレートに”高橋”と書かれているのを見てからその部屋に入った。
母は奥の左側の席で本を読んでいた。顔色は悪くない、咳は多少してるけどそんなに苦しそうでもない。よかった、いつものお母さんだ。そう思って声をかけた。
「お母さん、大丈夫そう? 今日は来られたよ」
「あ、咲良。大丈夫だよ、昨日は雨だったから無理してこなくてもいいの。今日は綺麗に晴れたね」
「そうだね、外の風結構気持ちよかったよ。お父さんの方先に行ってきてて、来週から抗がん剤治療始まるって聞いたからお母さんはどうかなって思って」
「ああそうね、でも別に今のところは肺炎だったときと大差ないから大丈夫かな。咲良はしんどくない? 一人の生活で負担かけちゃうけど大丈夫?」
「さすがに心配ではあるけど大丈夫だよ、今のところ普通に生活もできるし何かあったらおばあちゃんの家近いから頼れるし。大学生活のちょっとした先取りって言うくらいの気分かな。二人が大丈夫って言うならとりあえず安心できるよ。ただ辛くなったら辛いって言ってもいいんだからね。娘だからってそんなところばっかり心配してくれなくても良いからね」
「娘だもん心配はするよ、でもお父さんとも話したけど長生きしないといけないから頑張る。咲良も良かったら応援しててね」
「もちろん。応援しかできないのが悔しいくらいだけど応援はいつでもしてるから安心してね。あと何か困ったことでもあれば連絡くれれば持ってくるから。それとこれお見舞いね、お父さんにも同じの持ってったから一人でご自由に」
「そんなところまで気を回さなくていいのに。これからは来るときも何も持ってこなくて良いし無理に来なくても良いからね。電話もできるし」
「心配どうもありがとう。じゃあまた来られそうなときに来るよ。待っててね、じゃあ時間になるから帰ってご飯作る。お母さんの味結構再現できるようになってきたんだよ、退院したら食べてね」
「楽しみにしてるね。じゃあ」
手を振って部屋を出て、今度は病室の窓から見える道を通って帰った。
少なくとも二人は元気そうだった。当たり前だけど今二人は生きてるんだ。心臓も動いてるし体も動かせるし目も見えてるし聞こえてもいるんだ。
きっと大丈夫。
その日は泣かずに家に帰って一人で夕食を食べた。
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