第14話

次の日、いつもの時間になったとき目は腫れていなかった。泣き尽くして眠りにすらつけなかったのだから当たり前なのかもしれない。


まだ乾ききっていない制服をドライヤーで軽く乾かしてから袖を通した。昨日のことがあったとしてもとりあえず学校には行かなきゃいけない。二人が無事に帰ってきたときに留年なんてしていられない。そんなことになったら二人に迷惑がかかるし普通に留年も嫌。


ーーそれに、二人のことだけを考えて一日を過ごすなんて絶対に耐えられない。


そう思って一人でパンをかじって玄関を出た。「行ってきます」の声に誰も応えてくれないことが、これまで四週間もあったはずなのに今更悲しくなってまた涙が出そうになった。「これから学校行ってくるね、二人も無理しないように。じゃあね」それだけ送って電源を落とした。


学校はいつも通りに、憎たらしいくらいいつも通りに授業が進んでいった。友人もいつも通りに楽しそうに話していた。


「咲良なんかクマできてない? どうしたんいきなり」


そう聞いてきたのにも「宿題ため込んでて徹夜しただけ」と答えた。咲良にとっては日常茶飯だったので友人は「またか咲良」とだけ言ってそれ以上何も言わなかった。


私の両親が癌になった。それだけで世界が変わる訳なんてない。分かっていたはずなのに苦しくて、ただ愛想笑いを浮かべたまま話を聞いて、真剣なふりをして板書して一日が過ぎた。スマホも一回も開かなかった。怖くて開けなかった。


帰り道、病院に行く道と家までの帰り道の交差点で立ち尽くした。行く、べきだろうか。昨日行くとは言った、でも今日も部活の帰りに皆でご飯行ってくるとでも言えばいい。悩んで悩んで咲良は病院までの道を歩き始めた。


今日行かなかったら、もうずっと病院には行けなくなってしまう。そう思って一歩一歩踏みしめるようにして歩いた。


今日も昨日のように病室から見えない場所を歩いて病院に入る。「面会です」とだけ伝えて、もう昨日のうちに聞かされていた二人の病室に向かった。


お父さんは三丸一号室。三回まで上がってすぐの部屋。お母さんは隣の三丸二号室。


そういえば病院って本当に四号室も九号室もないんだな。あっても二人がそこに入れられたら嫌だから良いんだけど。こんな年になるまでそれを知らずにいられたのも幸せだったんだ。


なんとか別のことだけを考えて三階に着いた。


緊張する。この中に二人がいる。会いたくない、でも会いたい。涙のスイッチを切れ。私は病気じゃない、まだこれから生きる。二人だってまだ生きる。私が泣いたら本当に二人はいなくなってしまうかもしれない。だから泣くな。


自分に命じて三丸一号室の扉を開けた。

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