第13話

「にじゅ……そんなことって、じゃあ二人が二人とも肺癌を完治させることはもう難しいんですか」


その声は自分でも聞いたことのないくらいに震えていた。


「まだ分かりません。これから抗がん剤での治療を行って、それで効果が十分に認められれば可能性は十分にあります。……ただ、覚悟はされた方が良いかもしれません」




覚悟ってそんな、まだ私は十八歳で、二人もまだ四十代も折り返したばっかりで。覚悟なんてそんなこと言われるなんて。


二人はきっとこれから苦しい治療をすることになる。それなのに私は何も代わってあげられない。それに覚悟なんてできるわけもない。


五年間で二十パーセントやそこらだったら、それよりも前に二人がいなくなってしまうかもしれない。


しかもこんな時に二人ともなんて、私これからどうやって生きていけば良いっていうの。二人がいないあの部屋で、痩せ細って髪も抜けていく二人を見ながら過ごせってこと? 


二人に心配してる様子なんて見せられない、でも今二人の顔を見たらきっと泣き崩れてしまう。二人はこれからを覚悟してその治療を決めたっていうのに、本人が泣く前に私が泣いてしまったら二人が泣けなくなってしまう。




その時もう涙は流れていた。それに咲良は気付かなかった。


「ありがとう、ございました。……父を、母を、どうかよろしくお願いします。一日でも長く、私よりも長く生きていて欲しいんです。それくらいに大切な家族なんです」


こんなこと言ってもお医者さんにできることは変わらない。分かってる。でも言わずにはいられなかった。


「お二人のことはできる限りの治療をさせて頂きます」




病室を出て、通りかかった看護師さんにで大丈夫ですかと聞かれて初めて泣いていることに気がついた。


大丈夫かなんて、なんでそんなに残酷なことが聞けるんだ。私は今家族の余命を宣告されたようなものなのに、大丈夫なわけがないに決まってる。……違う、この人はそんなこと知らない、私が責めていい人じゃない。ただ廊下で泣いている少女がいたから声をかけてくれただけの看護師さんなんだから。


「大丈夫です、すみませんご心配をおかけしてしまって」


涙を拭って笑顔で答えた。その日二人の病室に行くような勇気は出なかった。二人の前で泣いてしまうことが怖くてたまらなかった。




「ごめん部活で今日そっち行けないや、明日また顔見に行くね」


明日までにその勇気は出るんだろうか。でも送信してしまった。「無理しないでね」という返信が返ってきた。無理しないでは、そっちのはずなのにそんなこと。


病院を出て、万が一にでも病室から見えないように壁のすぐ傍を歩いて帰った。スマホを握りしめて、泣きながら雨の中を帰った。


傘を差す気にもならなかった。「涙が透明な理由は雨に紛れられるから」、そんな歌詞もあったな。ならちょうど良い、紛らわしてくれたらいい。


家についてびしょ濡れになった制服を脱いで、お風呂に入ってもう一度その流れてくるお湯で紛らわせるように泣いた。

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