第9話

ある日の夜、今度は父が大きく咳をしながらリビングに出て行く音が聞こえた。それで目を覚ました咲良は母が苦しそうに死ぬ間際のようなかすれた声をあげて苦しんでいたことを思い出して怖くなってリビングに飛び出した。


まさか、まさか本当にまた肺炎なんじゃないか。


またあんな苦しそうな姿を見ることになるんじゃないだろうか。


「お父さんっ……」


「ゴホッ……どうした咲良、こんな夜中に」父は水を飲んでとりあえず落ち着いたようだったがそれでも咳をしていた。


「お父さん、お願いだから病院行って検査してきてほしい。お母さんと一緒に。お願い、二人がまたあんなに苦しそうにしてるところ見たくないの。


肺炎、さすがにこの短期間で二度もかかるなんておかしいかもしれないけど。それでも行ってきて欲しい。


私だけ何もないから、だから二人とも心配しないでって言うけど、私も同じように咳してたら病院にきっと連れて行くでしょ? 


それと同じように、私もまだ高校生だけど二人のこと心配してるの。お父さんのこと、本気で愛してるの。だからお願い、病院に行って検査を受けてきてください。娘のためだと思って行ってきて欲しいの」




咲良は父親に縋り付くようにして泣きながら言った。その表情に父親もまた咲良を心配したようだった。




「……そんなに心配されるようなことじゃないと思うぞ、前みたいな咳でもないし。……でも分かった、病院には今度の土曜日に二人で行ってくる。それで咲良が心配しなくて済むんならそうするよ」


「そうして、ありがとう。家で待ってるから検査結果出たらすぐに連絡して欲しい。待ってるからね」


「分かったよ、とりあえず今日は寝な。心配させてごめんな」


「おやすみなさい。しばらく起きてるかもしれないけど二人が病院に行ってくれるって言うならもうこれ以上心配しすぎるのは止めにするね。それまでは無理しないで働いてて。お母さんにも伝えておいてね。もう一回言うけど愛してる、だからお願いします」


「分かったよ、パパも愛してる。おやすみなさい」


おやすみなさいと伝えて部屋に戻ってからも咲良は眠りにつけなかった。また父が起きてくるかもしれない。今度は母があの日のように苦しげな声を上げるかもしれない。心配するのは止めにしておくと口では言いながらも、心配でたまらない気持ちは変わらなかった。お願い、ただの風邪であって。そうであってほしい。でも、でももしも肺炎なら。二人がまたああやって苦しむ前に検査して治療して。お願い。楽にいてほしいの。苦しい気持ちになって欲しくないの。

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