第6話

ある日の夜、母親の咳が止まらなくなった。ヒュウヒュウと呼吸しながらそれでも咳をし続ける音に、父親はもちろんのこと別の部屋にいた咲良も気がついて起きてきた。


「ねえ、大丈夫? ママ? 聞こえてる? ……咳止まらないね、咲良、大丈夫だよ。救急車呼ぶ。咲良は家にいな、大丈夫だから」


部屋を出て行く父についていって言った。


「まってそんなこと言われても私も心配だよついていくくらいさせて、お願いだから。もう私だって高校生なんだから二人の心配くらいさせてよ。お母さんもだけど、お父さんだって咳してるじゃない。心配なの。愛してるの。だから、だから連れて行って」


「分かった、じゃあ準備して。今電話かけるからもしもママが入院になったときのためにママの洋服もいくつか出しておいて」


二人は分かれて支度をして、十分後に到着した救急車に乗って病院に向かった。


「咳の症状はいつからですか?」


「二週間前くらいから軽くあります、僕も軽い咳はずっと続いていだんですがただの風邪だと思っていて。今日の夜になってからこんなに酷くなりました」


「娘さんや会社の方に咳をしている方はいらっしゃいませんか」その質問はおそらく結核を疑ってのことだろうと咲良は思った。


「特にいません、私達夫婦だけです」そう答えてから病院について検査され、その日のうちに両親とも軽い肺炎であると診断された。


咲良も念のために検査してもらったが咲良には何の異常もなかった。段々と父の呼吸も苦しそうになっていく。二人が咳をしている中で心配でたまらなくなって病室から出てくる医師を呼び止めた。


「あの、両親は大丈夫なんでしょうか、軽い肺炎って聞いたんですけどこんなに咳をするものなんですか」


「大丈夫です。今は咳で苦しい思いをされていると思いますが命に関わるような病状ではありません。ただ何日かお二人ともに入院して頂く形になると思います」


「そう、ですか。ありがとうございます」


咲良はその日始発で家に帰って学校に欠席の連絡を入れた後両親の入院のための物を一式持ってもう一度家を出た。両親は二人とも昨日よりずっと元気そうで、咳はしていたものの「咲良に学校休んでまで持ってきてもらって申し訳ない、もう大丈夫だよ」と穏やかな顔をして言っていた。


「愛してるよ、だから心配なの。ちゃんと治して早く帰ってきてほしいから、ゆっくり休んでね」


そう言って家に帰った。両親が二人ともいない一人きりの家なんて初めてだった。

医者は大丈夫って言った、二人も大丈夫だって言った、それなのに何でこんなに不安なの。


咲良はその不安な一日を枕を抱きしめて過ごした。

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