別れと、出逢い

第88話

一年が終わって、学校の閉庁日にはまた神崎先生に会いに行った。二回ここに来た日のように扉をノックする。


中から優しい声がして、扉を開けた。紅茶の優しい香り。


「神崎先生、お久しぶりです。無事に一年間終わりました。一年間、あの子達と過ごせたことを誇りに思います」


そう笑うと、また嬉しそうに紅茶を出してくれた。


「それで、どんな一年だったんですか? きっと沢山苦労もあったでしょう」


座らせて紅茶を飲みながら聞いてくれる。


いつもと変わらないそれに安心して、一年間あったことを話した。


亮太君が虐待を受けていたこと、すぐではなかったけど見つけて助けられたこと。愛し合えない親子がいると知ったこと。一年経って嬉しそうに会いに来てくれたこと。


花菜ちゃんが嬉しそうに育ててきた朝顔が踏み倒されてしまったこと、最後まで話を聞いて許さない決断をした強くなった優しい子のこと。


避難訓練でパニックになって自分の夢が叶えられないんじゃないかと泣いて、それでも消防士を目指すことに決めてサイレンを克服できた強い子のこと。


妹に見せたくて川に頭を突っ込んでまで絵を描ききった楓ちゃんのこと。


不注意で怪我を友達に怪我をさせてしまったことを時間をかけて受け入れて心から謝れた恵ちゃんのこと。


共感が苦手だったはずの子がその子の気持ちを酌んですぐに許してあげたこと。


皆がつまづいた時計の見方に繰り上がりの計算、皆と一緒に苦労して勉強して楽しく遊んだこと。


皆に向けて最後の日に話して泣いたこと。亮太君が会いに来てくれて、「元気だ」と伝えてくれたこと。


皆が小さな大人だったこと。壁はよじ登らなくてもぶち破れることもあれば、周りの大人と一緒に扉を探せることも壁がどこかで途切れていることもあったこと。


神崎先生は嬉しそうにどの話も聞いてくれた。時に驚いて、時に悲しそうにして、一緒に一年を振り返ってくれた。


「来年度が始まったら、私は皆と一緒に間違えて、一緒に成長していきます。私、教師になれて良かったです」


その一言で神崎先生は一層嬉しそうに微笑んだ。


「あなたのような人が教師になって良かったと、それを教える立場でいられてよかったと、私も心から思います。


また失敗した時は、助けが必要になった時はいつでも来てください。私はいつでもあなたのことを迎え入れます」


嬉しそうな笑顔に、はい、と返事をして何時間も過ごした研究室を出た。寒い中、次の年度を楽しみに歩いて帰った。

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