第87話
三月が来て、授業をいつも通りに進めていって、気付けば年度末になっていた。
一年生最後の日、帰りの会で話す。
「皆さん、一年間ありがとうございました。先生は初めてこの学校に来た時、間違えないんだって、皆の思い出に残るような先生になるんだって、思って来ました。
でもそれが間違っていたことを皆から教わりました。先生は皆に教える人だと思っていました。でも皆から教えてもらうことがたくさん、すごくたくさんありました。
先生の人生が、変わりました。すごく素敵に変わりました」
段々と涙がたまっていく。
「皆さんが一年間をかけて、どんどん大人になっていく、どんどん成長していく皆の傍にいられたことがすごくすごく嬉しいです。
一年間とてもいろんな事があったけど、どれも先生が皆さんと一緒に体験できたのが先生の人生にとってとっても誇らしいことになりました。
……皆が卒業するわけじゃないのに泣いちゃってごめんね。でもそれくらい、皆さんの事が大好きです。
ここに亮太さんが一緒にいられないのが残念だけど、先生が最初に一緒にいるのが皆さん六人だったのがとても嬉しいことでした。
まだまだ皆さんの学校生活は続くし、先生もまたこのクラスで新しい一年生の子と一緒に勉強します。
だからお別れじゃないんだけど、それでもきっと一生皆さんのことは忘れないと思います。一生、頑張っていた皆の姿を思い出して先生も頑張ろうって思えると思います。
そのパワーを皆さんからもらいました。ありがとう。本当に一年間ありがとうございました。
すごく素敵な思い出ができたし、先生も皆さんと一緒に成長できたような気がします。
皆さんが二年生になっても、三年生になっても、大人になっても無事に、元気に生活してくれたらそれだけで嬉しいです。
もちろん皆の将来の夢も応援しています。もしも叶えられたら先生もすごく嬉しいです」
涙がこぼれ落ちていく。皆は笑って「先生泣かないでよ、私も先生のこと忘れないから」と言っていて、それでも短くて長かった一年間が終わったことに涙はなかなか止まらなかった。
「ごめんね先生が泣いちゃって」と笑うと「そうだよ、だって先生とまだ会えるんだもん」と美咲ちゃんから言われる。
その時、聞こえるはずのない声が聞こえた。そんなはず、なかった。
でも「秋葉先生、皆!」と呼ぶその声はその子の声でしかない。
走って皆で外を覗いた。窓の外から見えたのは亮太君だった。「皆、俺の学校もう休みになったから来たよ! 元気だよ! 来年も東京の学校行くけど皆のこと見に来た」と手を振ってくるその姿にもっと涙が出てきた。
元気だよ、その言葉はきっと”もう大切にされているよ”ってことだ。
一年間で完全に良くなるほど家族関係は簡単じゃない。虐待をしたくなくてもしてしまったお母さんが一緒に過ごせるようになるまで、何年もかかる。
もしかしたら一生かかるかもしれない。でもこの子が今元気に生活できている。
それだけで、あの時走った意味が、悩んで送り出した意味があった。その日、帰りに皆が集まって一緒に固まって話しているのを見送った。
美菜実の、最初の一年が、悩んで失敗してなんとか形にした一年が終わった。皆と一緒に成長した一年が終わった。
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