第84話

一番見慣れた美咲ちゃんのお母さんが教室に入ってきて席に座った。


「よろしくお願いいたします」と言うと特に何かを先に言う気はなかったらしく美菜実の次の言葉を待った。


「まずは先日の美咲さんの怪我の件ですが、誠に申し訳ありませんでした。お怪我が無事に治られたとのことで安心しております。


美咲さんが他の児童と一緒に学習できるように学習用のプリントも変えて授業を行いましたので成績に影響はございません」


「当然です。美咲の障害については学校ではどうですか」


「成長が非常に早く、個性として受け入れて十分な程になっています。


入学当初は共感を示すことが難しく他の子に厳しく注意してしまうことが多かったのですが、最近では他の児童に共感して心配してくれるような姿も見られます。


ご家庭でのご指導によるものでもあると思います。ご支援をありがとうございます」


その言葉にお母さんは嬉しそうにした。誇らしげに「そうですね、美咲は家でも頑張っていました。成績はどうでしょうか」と訊く。


「成績も非常に良く、二年生の先取りもできているようです。腕の骨折による成績への影響も殆どありませんでした。


今後もこのままであれば成績を維持できると思われます」


そうですか、と嬉しそうに頷く。


「最初美咲が学校に行きたくないと言っていた時は心配しましたが、それからは家でも秋葉先生の話をよくするようになっていました。


怪我をしてしまった時はどうなることかと思いましたが成績に影響が出ると思ってかなり先生にご迷惑をおかけしました。


美咲のことを止めたのに学校に行くと行って聞かなかったのは今年が初めてです。


幼稚園の時は行かない方が良いと言った時には絶対に言うことを聞いていたのに今年はそれでも学校に行きました。美咲にとって大切な場所になったんだと思います。


ありがとうございます」



このお母さんは最後に帳尻を合わせるタイプなのか。それか美咲ちゃんが家で上手く立ち回ってお母さんを説得してしまったのか。


美咲ちゃんにならできるような気もしてしまう。


どちらにせよ”良識のない教師”という看板は外されたらしい。


美咲ちゃんはこっちを見て安心したような顔をしていて、美咲ちゃんに自分が”怒られて欲しくない存在”として見られているんだと思うとそれも一年間やってきた甲斐があったと思った。


美咲ちゃんのご家族との話は、思っていたよりもずっと素直に終わってしまった。


「来年度の教師への引き継ぎは充分にさせていただきます。来年度からもよろしくお願いいたします」と頭を下げると優秀な娘を誇らしげに連れてお母さんは帰っていった。


帳尻を合わせてしまうタイプにしろ、美咲ちゃんが説得してしまったにしろ、難しいお母さんであることに変わりはない。


でも美咲ちゃんがこの様子ならきっと家族ともやっていけてしまうだろう。美咲ちゃんの器用さには内心舌を巻いた。



とりあえず無事にその日の面談が終わったことに安心して、いつも通り長い事務作業をこなしてから家に帰った。

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