第70話

教務室に戻って連絡帳に今日あったことを書いておく。


「もしも帰宅してから体調を悪くされたようでしたらすぐに医療機関への受診をよろしくお願いいたします。


また、本人と相談して必要と判断された場合には緊急用のホイッスルの携帯を許可できるように学校でも話しておきます。


絵は妹さんに外の世界を見せたくて描いていたそうですので、ご自宅に帰られたらぜひ一緒に見てあげてください」


他の子の連絡帳にも今日は写生大会があったこと、絵を完成させて持ち帰らせるため見てあげて欲しいことを書いておいた。


そのまましばらく事務処理をしてベルが鳴ってから図工室に向かう。全員に絵の具のセットを持って図工室で描くように指示してあった。


連絡帳にも書いておいたし恵ちゃんが忘れないように何日も早く持ってきておいてもらったので、誰も絵の具のセットは忘れていなかった。


五限の開始を知らせるベルがもう一度鳴る。「お願いします」と皆で挨拶をしてから今度は色塗りに入った。


「今日見てきた風景を思い出しながら描いてみてください。本物と全く同じ色じゃなくても良いよ、綺麗だな、と思ったところを自分の好きなように塗ってみてください。


もしも上手くいかなくて困ったことがあったらいつでも教えてね、一緒にどうしたらいいか考えます」


そう言うと皆水をくんできてパレットを開いて色を塗り始めた。


「水に溶ける絵の具なので、乾く前に近くを塗ると混ざっちゃうことがあります。ちょっと紙の裏とかで試してみてね」


皆が紙を裏返してしばらくの間いろんな色を混ぜて調節したり混ざるのを確認したりしてからもう一度色塗りに取りかかった。


皆の様子を見ながら教室を回る。美咲ちゃんは精巧に橋の絵を描いてきたらしい。橋を最初に塗り始めている。


聡君は逆側から見た橋だから石碑も描いてある。聡君は空から塗り始めたようだ。


花菜ちゃんは細かく書き込んだ小さな花を一つ一つ違う色で塗っていた。


恵ちゃんは虹から塗ることにしたらしく、「先生、虹って一番下何色だったっけ」と聞いてきたのでしばらく手伝った。恵ちゃんは手を真っ赤にしながら虹を描ききった。


三十分ほど経って楓ちゃんの絵を見に行くと、空の虹が川にも反射しているのを描いていた。川の中の小石を先に塗ってから後で川の色を塗るらしい。


色使いが淡くて、完成していないのにもう綺麗な絵になっていた。


「楓さん素敵な絵だね。先生もこの絵が完成するの楽しみ」と言うと気合いを入れ直して色を塗り始めた。


「先生、美咲の絵、なんか上手くいかない」と声が上がったので見に行く。


「どこをどうしたいのかな?」


「なんていうか、もうちょっと立体感があったのにこの絵だとなんか平べったいの」


「じゃあ、もうちょっとだけ暗い色を使って影を入れてみようか。太陽と逆側に影ができるよね」


そう言うと「確かに! 先生ありがとう」と言ってまた絵を塗り始めた。

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