第68話

急に水の中から起こされた楓ちゃんは、その大きな目をぱちぱちさせて不思議そうにこっちを見ている。顔から服にぽたぽた水が落ちていった。顔色は特に悪くない。


その姿にとりあえず無事なことが分かって心から安心した。


「楓さん、時間が終わったから皆と一緒に学校に戻るよ。お話後で聞いても良いかな? ちょっと先生楓さんが水の中に顔をつけてるの見てびっくりしちゃったから。無事で良かった」


そう言うと頷いて、持っていたハンカチで顔を拭きながらついてきてくれた。


髪は後ろで一つに束ねていたため、濡れたのは顔と前髪だけだった。服も見たところ濡れていないので、体を冷やして風邪をひく心配もなさそうだ。


皆が戻ってきた二人を見て美咲ちゃんが「秋葉先生遅いよー待ちくたびれたし早く帰らないと給食食べられない」と言いながら近づいてくる。


花菜ちゃんが「楓ちゃんどうしたの? 髪ずぶ濡れだね」と自分のハンカチも渡してくれていた。


美咲ちゃんと恵ちゃんも真似して自分のハンカチを差し出そうとする。恵ちゃんはそこで自分がハンカチを持っていなかったことに気付いたらしく少し恥ずかしそうにしていた。


「楓ちゃん川の中見てたの?」美咲ちゃんの問いかけにうんうん、と頷いている。


川の中に何かあったのかな、描きたかったのかな。でも川の中と言ってもあんな川魚も泳いでいないだろうし石ころくらいしか見つからないんじゃないかな。


とりあえずまた学校に戻ったら筆談で教えてもらおう。


「楓さんが無事に見つかったので皆で元の道を歩いて帰ります。皆後ろをついてきてね」


そう言って恵ちゃんをまた隣にして三十分強をかけて学校に到着した。全員が無事に学校に帰ってこられたことで少し安心する。


そこで四時間目の授業が終わって、五時間目と六時間目は色塗りの時間になる。


とりあえず教務室にあったバッグからタオルを出してきて楓ちゃんの前髪をわしゃわしゃ拭いてあげた。


「昼休みになったらお話聞いても良いかな?」うん、と頷いた楓ちゃんを見て給食の準備に入った。


もう皆は疲れていたらしく、さっさと自分の分を持って机に戻る。皆で給食を食べきって、残ったおかずの争奪戦が始まった。


じゃんけんを制した美咲ちゃんが嬉しそうに残ったおかずを食べながら「美咲結構上手に橋描けたの。色塗りしたら先生に見て欲しい」と言ってきた。


確かに鉛筆書きの最後は花菜ちゃんと恵ちゃんのものしか見られてないな、色塗りしたらどんな感じになるんだろうな、と思いながら「楽しみにしてるね」と声をかけた。

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