第67話

学校に戻るために点呼を取ろうとして気がついた。


楓ちゃんがいない。


さっきいたはずの橋の下を見に行ってもいない。見える範囲のどこにもそれらしき女の子はいなかった。


「ごめん皆、楓さんどこに行ったか知ってる子いないかな」


あそこにいたままならきっと恵ちゃんにしか見えていない場所。


それでも、「さっきは橋の下にいたよ、それからは先生と絵描いてたから分からない」と言われてしまった。


それはそうだ、さっきまでこの子につきっきりで一緒に絵を描く手伝いをしていたんだから。


”この子には声がないから助けを呼びたいときに呼べないことには気をつけなくちゃ”ーー思っていたはずなのに、分かっていたはずなのに楓ちゃんをどこかにやってしまった。


もしも、川に落ちて流されていたら。その時にも声が出ない。助けを呼べない。


ただでさえ普通の人でも流れる川の中で服を着たままなら息をすることで必死になってしまう。楓ちゃんは普通の水泳ならまだしも着衣水泳なんてしたことがない。


そんなことになったら洋服が水を吸って水の中に沈んで行ってしまう。


「楓さんがいないので探します。皆さんはここで待っていてください」焦って言った。


「美咲達も一緒に探すよ」俺も、私も、と声が上がる。


「ありがとう。でも、探してる途中で皆のうちの誰かがいなくなっちゃうと困るからここにいてくれないかな」


その緊迫感のある声に美咲ちゃんはいつもなら反論するところを素直に引き下がってくれた。


他の子も美咲ちゃんが言い返さなかったことで一緒におとなしく待っていてくれることを約束してくれた。


どこだ、せめて、いや絶対に川の中じゃないところにいてくれ。「楓さーん、どこかな、もう帰る時間になるよー」大声で声をかけながら土手沿いを歩く。


あの子は声は出せないけど耳は聞こえる。どうかこの声が届いてくれ。


そうだ、あの子が橋を渡ったのは見ていない。橋の手前側にいたはず。


まさか本当に川の中に、この速い流れの川に落ちたらどうなるか。


走りながら土手沿いを探す。荷物一つでも落ちていないか、あの子が身につけていた物がないか。


そんなもの見つかってしまった日にはあの子が溺れかけていることになる。


それでも楓ちゃんを探して探して走り続けた。走って走って、さっきの橋の傍から見えなかった土手の下に楓ちゃんはいた。


水に顔を突っ込んでいる。これじゃ死んでるかも知れない。なんでこんな状況になったんだ。


焦る頭でとっさに駆け寄って体を起こして頭を引っこ抜いて息をしているのを確認して安心して楓ちゃんを抱きしめた。

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