第66話
写生していられる時間も残り三十分になった。大声で「皆さん、あと三十分でーす」と声をかける。
橋の向こう側にいた聡君にも聞こえたようで、頭の上で大きく丸を作ってくれた。
途端に恵ちゃんが焦り出す。「どうしよう、恵まだ全然終わらない、いろいろ描きたい物探しすぎた」
半泣きになりながら焦って描いて失敗して消す、を繰り返す負のループにずっぽりはまった恵ちゃんのそばに行って、「大丈夫だよ、まだ三十分あるからね。恵さんは何が描きたいのかな?」ととりあえず聞き出す。
「空の色が綺麗で虹が見えたから空を描こうと思ったんだけど、雲がどんどん動いて行っちゃって全然同じところで止まっててくれないの。描きたいのに描けないよこのままじゃ」
「そっか、空を描こうとしてたのに雲が動いちゃって困ってるんだね。きっと空の高いところは風が強いんだろうね。だから雲もすぐに行っちゃうんだね。
じゃあまず雲は置いておくとして、鉛筆で薄ーくどんな色を使って描きたいのか描いてみようか。見たままの色じゃなくても良いよ。
恵さんが綺麗だなって思う色を選んでも良いよ。虹は描いてあるもんね」
そう言うと薄く水色、青、白、灰色、ピンク、紫、と書いていく。
「できた、この色使って描く。虹は七色使うの」
「よし、じゃあ今度は苦戦してた雲だね。さっきまで空を見てて綺麗だな、かわいいなって思った雲はどんな形だったかな」
「ウサギみたいな形の雲があったの。それが描きたかったのにどっか行っちゃった」
「よし、ウサギみたいな雲ね。じゃあ、今は見えないかも知れないけど思いだして描いてみようか」
恵ちゃんが遠くに写る虹の左側にウサギの形を描いていく。
「こんな形だったはずなんだけどどうしよう、忘れてきちゃった」
「先生これすごく素敵だと思うな。さっきまで空見てたけどこんなに可愛い雲があったなんて気付かなかった。だから焦らなくても良いよ。もうちょっとだけ描き足してみようか」
「……あ、そうだ、ウサギに尻尾があったの」と今度はウサギの尻尾を付け加える。
綺麗な形の雲が一つ完成した。
「ここからどうすればいいかな、ちょっとなんか寂しい。先生だったらどうする?」
「そうだなあ、今のも素敵だと思うけど、先生ならもうちょっと雲をいっぱい描くかな。今度は今見える雲の形を描いてみようか」
そう言うと恵ちゃんが寝転んで雲の形を観察し始める。ボードを見ながらそれを描き込んでいく。「先生、できそう。ありがとう」
それをのぞき込んで「素敵だね」と言ってから今度は花菜ちゃんの絵を見に行った。細かい花を一つ一つ丁寧に描き込んでいて、色を塗るのが楽しそうな絵になっていた。
「綺麗だね、花びらの形まですっごく似てるね」と褒めると嬉しそうに頷く。
そこで三十分が過ぎて、「時間が終わりでーす、帰るので集まってください」と声をかけた。
美咲ちゃんは完全に過集中に入っているようで話しかけても聞こえていなかったので肩を軽く叩いて呼んできた。
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