見せたい物と見える物
第65話
秋も本番になって少しだけ肌寒くなるような、それでも日に当たると温かいような気温の十月、近くの川で写生大会をすることになっていた。
いつの間にか一年の半分以上が過ぎていた。
皆で鉛筆と消しゴムを入れた、ボード付きのバッグを持って外に出る。
皆が「遠足みたい、皆で学校の外に出るのわくわくするね」と言いながら楽しそうについてくる。
恵ちゃんはよく他の場所にふらっと行ってしまいそうになるため、隣で歩いてもらうことにした。
皆がついてきていることを確認しながら三十分ほど歩いて近くの川に着いた。
「皆ここから見える物で絵を描きましょう。なんでもいいよ、好きだなあと思った物を時間をかけて描いてみましょう。ただあんまり遠くまで行かないでね。
川に落ちないように注意してください。時間になる三十分前に先生から皆にそろそろ時間だよって伝えます。それまでこの見える範囲で自由に動いて描いてください」
「橋を描きましょう」「川を描きましょう」と言わないことで、皆の個性を最大限に発揮してもらおうと思った。
はーい、といつもの返事をした皆がしばらく橋の傍で固まって、それから好きな物を見つけ始めてばらけていった。
皆の様子を見ながら歩いて行く。美咲ちゃんは橋を描こうとしているのかな、鉛筆で薄く下書きしてる。ボードで直線も描くつもりなのかな。
花菜ちゃんは……橋の下に咲いているお花か。川に落ちないようにだけ気をつけよう。
恵ちゃんと楓ちゃんはまだ場所を探してる途中かな。聡君は……どこだ? あ、いた。橋の向こう側から描こうとしてるんだな。
私だったら何を描くだろう。橋は王道だけどなかなか構図も難しい。空も入ってくるから後で色を塗るときもかなり苦労しそうだ。
花畑になってるところも素敵だよな。細かい部分が大変そう……って、大変なところしか考えてない。
もっと素直に描きたい物を皆は描いてるんだろうなあ。それがこんなにすぐに見つかるんだから感性ってすごいなあ。
そう思いながら周りを見渡していると聡君が橋によりかかって描こうとしていた。
そばに寄っていって「落ちないようにね。できれば橋の近くに座って描こうか。先生心配になっちゃうからちょっとだけ構図がずれちゃうかも知れないけどごめんね」と声をかける。
いいよ、分かったと素直に答えてくれた聡君はもう左手で難なく線を引けるようになっていて、人の成長の早さに驚く。入学していたときの姿勢の歪みもどこにもない。
橋を渡って、全員がそこにいることを確認してする。
大体皆描きたい物は決まったようで、恵ちゃんは空に向かって絵を描いているし、楓ちゃんは川のすぐ傍まで土手を下りてそこに座り込んで絵を描いている。
今日の写生大会には三時間分取ってあった。行き帰りで実質絵を描いていられるのは一時間と少しになってしまうが、初めての写生には十分な時間だろう。
それからは個人の絵を観察しに行っては、「そこすごく上手だね」と言うのを繰り返していた。
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