第64話

教室に戻ると配膳車ごと綺麗に片付いていた。


「誰か片付けてくれたのかな? ありがとう」


そう言うと花菜ちゃんが「楓ちゃんと一緒に片付けてきた!」と教えてくれた。


「すごいね、助かるなあ。ありがとう。皆、今日は聡さんは具合が悪くなっちゃったのでこのまま帰ることになりました。午後の授業は四人で受けます」


それに恵ちゃんが寂しそうな顔をした。


「秋葉先生、聡君に元気出してって言っといてほしい」その言葉にもちろん、と頷いて、荷物を抱えて教室を出た。


給食室に一人分の給食を届けてから教務室に向かう。


聡君の家に電話をかけた。数コールしてから電話が繋がる。


「もしもし。市立第一小学校の秋葉美菜実と申します。阿部聡さんのお母様でお間違いないでしょうか」


「はい、聡がいつもお世話になっております」


「本日避難訓練がありまして、その警報音で聡さんが体調を崩されたので早退のご連絡をさせて頂きました。お迎えに来て頂くことは可能でしょうか」


「はい、今から会社を出るので十五分ほどで到着します。ご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、とんでもありません。聡さんの様子については連絡帳に詳しく書かせて頂きます」


「ありがとうございます」


「それでは失礼いたします」


電話を切って、荷物と連絡帳を持って保健室に向かう。聡君は保健室の真ん中の椅子に座っていたので、近くの椅子に荷物を置いて向かい合う形で椅子に座った。


「お母さん、あと十五分くらいで来るみたいだよ。それから、恵さんが元気出してって言ってくれてたよ。連絡帳、ここで書いても良いかな?」


うん、と答えた顔はさっきよりも元気そうで安心する。


「俺頑張ったから書いて欲しい」


「いいよ、いっぱい書こうか」


そう言って連絡帳に書き連ねていく。


「本日の四時間目に予定されていた避難訓練で事故のことを思い出してしまったらしく辛そうにしていました。


しばらく保健室で休ませた後、話を聞くと『警報音で怖くなってしまう自分が消防士になれるのかが不安』とのことでした。


私からは専門的なことは言えなかったのですが、聡さんは将来の目標を諦めないと言っていました。


自分が消防士になることで障害を持った人の希望になれるかもしれない、と話していました。


聡さんはこれまでの授業で左手を動かすのも上手くなっています。よろしければ医師の方からも今後の回復の可能性について聞いていただけると良いかもしれません。


また、私から一つの提案として、リハビリなどをする作業療法士も薦めさせて頂きました。消防士になることを目標にした上で、他の道も見てみる、とのことでした。


今日は辛い思いをしながらそれでも立ち直って頑張っていましたので、是非ご家庭でもお声がけをお願いいたします」


そこまで書いたところでお母さんが到着した。温厚で優しい雰囲気のある女性だった。


「お世話になりました。聡、大丈夫かな? 帰れそう?」それに元気よく返事したのを見て二人で安心する。


連絡帳を手渡して、聡君は手を振って帰って行った。



そこでまだ自分が給食を食べていないことに気がついて、そこからダッシュで教室に戻って皆に笑われてしまった。

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