第62話

「辛いね、怖いね。怖かったね」


それだけを伝え続ける。自分が今同じ気持ちでいることだけを伝え続ける。


そんなんでこの目の前の子が助けられたと思う訳なんてないのにそれしか言えなかった。


「秋葉せんせ、い、辛い、怖い、俺どうしよう、消防士になれないのかな」


自分はそんな知識さえ持っていない。教えてくれたその日に検索をかけはしたが、片麻痺の人が消防士として働けるのかは分からなかった。


だから安易に「なれるよ」なんて軽い言葉も言えない。


その目の前の大人の言葉をまっすぐ信じて消防士になれなかったら、今以上に絶望することになる。


そんなことはさせたくない。大事な夢に軽々しい言葉なんて吐けない。


「ごめんね、先生も調べてみたけど分からなかったの。麻痺がある子が消防士さんになれるか。


でも聡さんの麻痺は軽度の麻痺って言って、聡さんは字を書くのは難しいけど歩いたり走ったりは普通にできるよね。


もしも”辛いのに軽い麻痺なんて言わないでほしい”って思ったらごめんね。


でも、軽い麻痺だからこそ先生は信じてる。辛い思いをした聡さんだからこそ、辛いと思ってる人に寄り添えるようになるよ。


サイレン、今は怖いね。でもそれも、大人になっていくにつれて良くなっていくって先生は信じてる。


聡さんは、消防士さんになれるかは分からないけど絶対に素敵な大人になるよ。それは先生絶対に信じてる。聡さんは素敵でかっこいい子だから」


分からなかった、その言葉を聞いてまたショックな顔をしたのは分かった。


今伝えるのは残酷かもしれない。でもいつか自分で調べて知ってしまうことだ。


向き合いたい、同じ方向を見たい。


「サイレン、怖くなくなるかな」


「なると思うな。先生実は雷の音がすっごく苦手で、小さい頃は聞く度に泣いてたんだけど今は平気だよ」


「でも、俺、事故に遭ったから、」


「そうだね。辛かったよね。でもお父さんもお母さんも無事だったって先生お母さんから聞いたんだ。聡さんは小さい頃からもうお父さんとお母さんを守ったんだよ。頑張ったね」


布団の上に置いた美菜実の手を握って聡君はまた泣いた。


「せんせ、ありがとう、俺、お父さんとお母さん、まもったのかな、」


「聡さんが守ってくれたから二人とも無事だったんだと先生は思うな。かっこいいね、ヒーローみたい。頑張ったね」


聡君は声を上げて泣き始めた。


しゃくりあげながら「大丈夫になるかな、消防士の人になれるかな」と聞いてくる。


「きっと。信じてるよ。先生は味方だよ、一緒に目指そうね」聡君はずっと泣いていた。

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