第61話
そのまま四限の授業が終わって四人が給食を食べ出した。
「先生は聡さんの様子を見てくるから何かあったら保健室に来るか隣の教室の先生を呼んでね」と言って、一人分取り分けた給食を持って教室を出た。
保健室に着いてノックすると先生が迎えてくれる。
「今は阿部聡さん一人しかいません。落ち着いているのでベッドで声をかけても大丈夫です」
そう言って先生も仕事のために保健室を出て行った。
小さな声で「聡さん、」と言いながらカーテンを開ける。ぼーっとしていた目が合った。
「聡さん、体と心は大丈夫かな。先生給食持ってきたよ」
とりあえずその給食を隣にあった椅子において聡君の様子をうかがった。
起き上がった聡君は、「もう大丈夫です、」と言いながら涙目のままでいる。
「まだ怖いかな? ちょっとびっくりしちゃったね」と布団の上を優しく叩くと首を横に振った。
「どうしたの? 何かあったかな、先生に話せそう?」
そう言うとぽろぽろ涙をこぼしながら伝えてくれた。
「俺、俺消防士に、なりたいのに、さっきのベルなんかで、前のこと、思い出して辛くなっちゃって、このままじゃ、消防士に、なれないんだ、って、思って。」
そうか、そこまで思い至らなかった。
消防士になりたいのに緊急のベルで、きっと消防のサイレンでも辛い思いがフラッシュバックしてしまう。そのままで消防士になんてなれないんじゃないか。
そう思うのは確かにごく自然なことだ。
自分の夢が叶わないんじゃないか。その気持ちは小学生が抱えるには大きすぎる。
「ただでさえ、俺、右手も、右足も動かなくて、それだけで、もしかしたら、消防士に、なんて、なれないかもしれないのに、俺、怖くて、」
ああ、この子は自分で自分の障害を痛いほど知っている。
自分が憧れたきっかけが、憧れた職業になれない理由になり得る事を知っている。
自分が目指そうとしたその道が人よりも困難なことを、もう知っている。
それを私は経験したことない。小さい頃の憧れがそのまま職業になった。
でもそうできる人はきっとごく少数だ。
身体・精神どちらにせよ障害を持っている人は特に。そして大人になる途中で大半が諦めてしまう。
自分が知らない痛みをこの子は今経験している。
このご時世、抱きしめてあげることすらできない。今一番に傍にいて、きっと大丈夫って言いたい。でもそんなのきっとこの子にとっての救いにはならない。
「辛いね」探して探して絞り出せたのはたった一言だった。
「辛いね、怖いよね」その言葉に聡君は泣いて頷く。
何もしてあげられない未熟な自分が、この子を引っ張り上げられる言葉の一つも持っていないことが悔しくてたまらなかった。
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