第60話

叫び声に負けないように美菜実も声を張る。


「皆さん、机の下から出てきて教室の外の廊下に並んでください」


それを聞いて次々に外に児童が出ていく。


聡君のところに駆け寄ると、長い間パニックで叫んでいた分辛そうに呼吸をしていた。


自力で歩けないと判断して抱えて机の下から引っ張り出した。


廊下に出て肩に聡君を抱えたままでなんとか点呼を取る。


「阿部聡さん、はここだね。」「大島美咲さん」「はい」「高橋恵さん」「はい」「藤巻花菜さん」「はい」


さっきまでと違って皆涙目になりながら緊張感のある声で答えた。


「三浦楓さん」それに応える声はない。見回してもその姿はない。


失敗した、最初に確認するべきだった。「皆さんはこのままここで整列していてください」そう言って聡君を抱えたまま教室の中に戻る。


楓ちゃんはその小さな体を机の下に押し込めたままだった。隣に聡君がいたから声に気付かなかったのかも知れないしすくんで動けないのかもしれない。


「楓さん、出てこられるかな?」できる限りやさしくしたその問いかけにも楓ちゃんはふるふると首を横に振る。


「先生と手を繋いで出ようか。怖くないよ」そう言って空いた左手を差し出すと自分よりも二回りくらい小さな手が差し出された。


そのまま教室を出て整列してもらう。


皆がいたからかそこからは楓ちゃんは一人で歩いてこられそうな状態になっていた。


「では校庭に避難します。ついてきてください」そう言って後ろを何度も確認しながら校庭への道を歩く。


「靴は履き替えなくて良いからね」靴箱の前で後ろ全員に聞こえるように言って、全員がついてきていることを確認してからまた歩く。


校庭ではもう殆どの児童が並んで座っていた。「じゃあここに列になって座ってください」全員が素直に座った。


これまでの経緯と全員の避難の報告に走ってから救護の先生に聡君を預ける。その後は校長先生と救急隊の人からの指導があって避難訓練は終わった。


元に戻る列を待ってから四人で教室に戻る。


聡君は過呼吸寸前になってしまったためそのまま保健室に向かうことになった。


教室に戻ってから四人に話しかける。「今回は皆すごく怖くて焦っちゃったよね」その言葉で全員が頷いた。


「今回はたまたま聡さんが辛くなっちゃったから皆も怖くなってしまったと思うんだけど、本当に災害が起きたときには皆ももっと怖くなってしまうと思います。

そんな時に全員が命を守れるようにするための避難訓練でした。大切だったことは伝わったかな?」


今度は全員が本気の目ではい、と言った。それからは皆を落ち着かせるようにしばらく雑談をしてから授業に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る