第59話
一週間は早いもので、金曜日はすぐに来た。その日の朝の会でももう一度避難訓練があることを知らせておく。
それでもまだ皆の顔から「どうせ訓練だから」という表情は抜けきっていなかった。
確かに自分も生徒だった時はそう思っていた。どうせ訓練だから。どうせ災害なんてそうそう起きないから。
でも今、児童を目の前にして本当に災害が起きたら。それを守れなかったら。そう思うと前と同じように楽観的に考えるなんて事はできなかった。
もしかしたらこの子達の代は大丈夫かも知れない。でも何十年もこの先教師をしていたら、
その時は来るかも知れない。私はその時に皆を守らなければならない。子どもを絶対に無事に家に帰さなければいけない。
「皆さん、もう一度言うけれど避難訓練は遊びじゃないからね。とっても大事な訓練です」
そう言って朝の会が終わった。
避難訓練があるのは四限の予定だった。それまでいつも通りに授業を進めていく。ひらがなもかなり進んで、算数では簡単な計算を練習する。
音楽の時間には他の先生に代わってもらっていたので、その時間に次の授業の準備を進めて時間が過ぎた。
四限になって理科の時間が始まった。皆少し緊張したような、わくわくしているような顔をしている。
今日は朝顔を育て始める上での説明の時間。避難訓練で授業が半分以上潰れてしまうのは分かっていたので早めに説明が終わるようにしてあった。
その時緊急のベルがけたたましく鳴った。
ジリリリリリリリリ……「緊急放送。避難訓練、避難訓練。ただいま地震が発生しました。机の下に潜って手で頭を守ってください」その間にもベルは鳴り続ける。
その時に一人が叫んだ。
「やだ、やだー! 助けて、助けて、先生! 怖い、怖い、助けて」
必死に叫んできたのは聡君だった。
細かいことは聞いていない、でも確か車同士の接触事故。もしかしてその時の消防の音を思い出したか。
まだ全員小学一年生だ。一度一人がパニックになれば全員がパニックになる。教室は一変して阿鼻叫喚の様相を呈した。
とりあえず聡君のところに駆け寄ってその小さい体を机の下に押し込める。
避難できるように窓を開けて、ガラスが飛び散らないようにカーテンを閉める。
「大丈夫だよ、こうしてれば上から物が落ちてきても机が守ってくれるからね。先生も聡さんのこと絶対に守るからね」
全員に聞こえるように言うと全員がなんとか机の下に入っていった。
「恵さん、頭が出てると危ないよ。上から物が落ちてきたときのために頭をまず守ろうね」そう言うと恵ちゃんが頭を引っ込める。
自分も机の下に入りながらまだ叫んでいる聡君の様子を伺う。
どう見ても大丈夫には見えない。完全にパニックになっている。このままいったら過呼吸になる。ここで落ち着かせるだけの時間的余裕はない。
頭を巡らせている間に「児童の皆さんは先生の話を聞いて校庭に避難してください」とアナウンスが入った。
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