夢と希望と絶望と

第58話

長かった夏休みが明けたその日も、全員が元気に登校してきた。案の定恵ちゃんは宿題をいくつか忘れてきた。美咲ちゃんは最初の一週間で全て片付けたらしい。


楓ちゃんも毎日音読をしてくれたらしく、個性が出るなあ、なんて思いながら皆の自由研究の発表を聞いて授業を進めた。


今週の金曜日には避難訓練が予定されていた。


その日の帰りの会で児童に向かって言う。


「皆さん、今週の金曜日には避難訓練があります。地震が起きた時のことを考えて、机の下に入って体を守ってから放送を聞いて校庭に皆で避難します。先に皆で避難すると時の”おかしも”を覚えてもらいます。知ってる人はいますか?」


その問いかけに真っ先に反応したのは聡君だった。


「おが押さない、かが走らないっていう意味のかけない、しが喋らない、もが戻らないです」


「完璧だね。聡さんは消防士になるのが夢なんだもんね。皆さん今ので分かりましたか?」


一応全員頷いてはいるが補足で説明をしておく。



「まず、実際に地震や火事が起きてしまったらすごく焦ると思いますがお友達を押してしまうと転んでしまう可能性があります。


それから怖くてすぐに逃げたくなってしまうかも知れないけれど、走ると先生が誰かを取り残してしまったことに気付かなかったり、また他の子を転ばせてしまう可能性があります。


喋らないっていうのは、素早く避難する上で先生や大人の人の声が聞こえなくなってしまうからです。


避難訓練では実際には地震は起きないけれど、遊びではないので喋ったり笑ったりしないように気をつけましょう。


最後の戻らないに関しては、大切な物を置いてきてしまったと気付いても教室に戻らないことです。皆の命よりも大切な物はありません。


それから誰かお友達が取り残されてしまった場合でも、先生達や消防士さんのような大人が必ず助けに行くので戻らないでください。


ここまでで一回皆でおはしもを思い出してね。


……いいかな? それから今回は地震の避難練習だけど、火事が起きることもあり得るので皆さんそういう時のためにもハンカチを持ってくるようにしましょう。


火事の時は姿勢を低くしてハンカチで口を覆わないと息が苦しくなってしまいます。ここまで大丈夫かな?」



はーい、と返事は返ってきたがまだ皆あまり重要性を理解していないみたいだ。


この子達は東日本大震災を知らずに生きてきた子達だ。当たり前なのかも知れない。


でも何か起きた時に自分の命を守れるようになってもらわなきゃいけない。


「先生がまだ大学生にもなっていなかった頃、東日本大震災という大きな地震と津波が起きました。


何人も亡くなったようなとても大きい地震で、今もまだ元通りになっていない街もあります。


皆さんがもしも地震に遭った時、自分の命を守れるようにするための訓練です。


皆将来の夢を教えてくれたよね。それを実際に叶えるためにはまず生きていなければいけないよね。だからとっても大事な避難訓練です。覚えておいてね」



そう言ってみてもなかなか実感は伴わなかったらしい。皆は形だけ返事をして帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る