第56話

「満足したか、聞いてるんです。酷いことしたのに、謝りに来たのに、それにも答えてくれないんですか」


この子は子どもじゃない、でもまだ大人でもない。


だからこそ問い詰めることを止めなかった。


そしてその威圧感に男の子達は完全に圧されていた。


「……し、なかった、です。全然しなかったです」一人が絞り出すように言った。


「そうですか。じゃあ何もいいことなかったんですね。それなのに途中で止めなかったんですね」


怒っているのが分かるのに吐き出される言葉は驚くほど静かで冷静だった。


「……ごめんなさい。謝ってもらったけど謝られた気がしないし悲しかったので許せません。私がひまわり学級だったからっていう理由も。


私はお花が大好きです。大人になっても育てたいです。だから、大人になっても思いだしていやな気持ちになると思います。大人になっても許しません」


花菜ちゃんがはっきり言った。


目の前の男の子達は謝ったのになんでだ、という顔をしていた。


「自分のしたことが分かったか。藤巻さんに一生許されないことをしたんだぞ」


そこまで言って担任の先生は「この度は申し訳ありませんでした」と、目の前の男の子達よりも深いお辞儀をしてその子達を連れていった。


花菜ちゃんがため息をつく。


「頑張ったね」しゃがんで目線を合わせてそう言うと少し涙目になって頷いた。


泣きたいのを我慢してこの子は最後まで話しきった。最後まで問い詰めて自分で結論を出した。


いつも穏やかで優しい子だっただけに、それにどんなに勇気が必要だったのかと思った。


「許せなかった、ごめんなさい」


ああ、この子はあんなに自分の手間を、時間を、喜びを踏みにじられたのに、話を聞き終わるまで許す選択肢を残したままだったんだ。


それがどんなに努力の要ることだったか、あの子達も担任の先生も知らない。


「頑張ったね本当に。許さないって、よく言えたね。ちゃんと話を聞いて、それでも許せなかったらそれでいいんだよ。花菜ちゃんすっごく頑張ったね」


その言葉で花菜ちゃんは泣き出した。それを薄手のニットで拭って、「頑張った」と言った。


花菜ちゃんは、自分が思っていたよりも遥かに優しくて繊細で、それでいて強い子だった。



そこで始業のベルが鳴る。


「戻れそうかな?」それにうん、と頷いて教室に入って行った。追いかけるようにして教室に入る。


泣いた跡を見た皆が「どうしたの」と駆け寄ってきて、このクラスの子が優しくて良かった、と思った。


一度は自分に対抗してきた子達。やろうと思えばいじめだってできる。でもこの子達はそれをしない。それが誇らしかった。


「花菜さんの朝顔を倒しちゃった子達が謝りに来てくれました。このクラスの皆ではないだろうなって思ってたけど、本当にそうですごく安心しました。


朝顔はとっても悲しかったけれど、花菜さんを心配してくれる優しい子達がいっぱいで先生はすごく嬉しいです」



そう言ってしばらく花菜ちゃんが落ち着くように話してから授業に入った。

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