第46話
亮太君のところに行くと、泣いた跡の残る顔で眠っていた。
お母さんに許可を取ってきていたのでお弁当を前に置いて起きるのを待つ。
しばらくして起き上がった亮太君に「お母さんからだよ」とお弁当を差し出した。
それで亮太君は泣き出した。「僕、僕が家に帰りたくないって、言ったから、お母さんと、会えないの、? お母さん、こんなに僕の好きな物、ばっかりなのに、」
それを見てこっちまで泣きそうになった。
親子なのに愛し合えないことがある。親に愛されて育った自分には到底理解できない痛みがそこにある。
こんなにも豪勢なお弁当に綺麗だった洋服、すぐに立ってお辞儀をしたお母さん。毎日頑張って勉強も運動もこなす息子。
はたから見ればただの幸せな家族だった。
でもあの人は「愛したいのに愛せない」と言った。
この子はお母さんに愛して欲しくて、どうしても嫌いにはなれなくて、それでも「今日は帰りたくない」と言った。
体に残ったいくつもの痣、心に刺さって抜けない「産まなきゃ良かった」の言葉。
きっと二人ともできるなら一緒に過ごして、愛し合って生きていきたいと思っているのにそれができない。
亮太君は一つ一つ大事にお弁当を口にしては泣いていた。
それがどんな気持ちか、完璧に理解することすらできない。美菜実はただ隣に座って一緒の時間を過ごすことしかできなかった。
二人分あったはずのお弁当を無理矢理全部食べきって苦しそうにする顔。おなかがいっぱいだとかそんなことだけじゃない。
これから引き離されてしまうことを覚悟して、この子は今受け取れる最後の愛情を受け取った。
もう運動会も最後になっていて、それを遠巻きに見ながらそのまま一時保護される場所に向かうことが決まった。
連れて行かれる時、そこには泣いた跡の残る母親の姿があった。
「亮太さんが全て食べました」それだけ言って空になったお弁当箱を渡すとまた泣きそうな表情になった。
亮太君が走って母親のところに行く。「お母さん、ごめんなさい。僕がいい子じゃなくて、ごめんなさい」二人とも泣いていた。
「ごめんね亮太、しばらくは会えないの。亮太はいい子だよ。でもごめんね、そうやって言ってあげられなくてごめんね。お母さんと一緒にいつか過ごせるようになるまで、待っててくれるかな」
その言葉に泣きながら亮太君は頷いた。
車に乗せられてその車が発進した時、二人とも泣きながらお互いを見つめ合っていた。
二人がお互いを愛するためにできることは、離れることしかない。それをまだ小さな体で亮太君は受け止めた。
亮太君は、誰より大事で大事にしてもらいたい母親と別れることを受け入れた。
車が見えなくなっていく。
お母さんも「ありがとうございました。亮太を、守ってくれて」と深く頭を下げて児童相談所の方と一緒に学校を離れた。
いつか亮太君が家族と過ごせるように、自分を愛せるように、愛してもらえるように。それだけを祈って二人を見送った。
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