第44話

亮太君を連れて、校長先生がいる席まで向かう。


「すみません校長先生。緊急事態です。虐待の疑いが濃厚です」


その一言で校長先生はすぐに教頭先生にその場を任せて学校の中に二人を誘導した。


誰もいない教務室の中、縮こまった亮太君を隣に座らせて印刷してあった紙を渡して言う。


「大変申し訳ありません。私の独断でこの三日間伝える事をしませんでした。ですがこの子は話を聞く限り虐待されていると見て間違いありません。体にも痣が多く残っています。


今日の五十メートル走で一番になれればいい、それまで母親には伝えないで欲しい、との児童の要望を受け入れましたがそうするべきではありませんでした。


成績、スポーツクラブ、運動、どれが欠けていても怒られるそうです。細かいことは資料をご覧いただけないでしょうか。


この子は今日家に帰りたくないとはっきり言いました」


その細かいことを全て口にして隣の亮太君に聞かせるのはあまりに酷だと思った。


校長は素早くその紙に目を通す。その顔がどんどん険しくなっていくのが見えた。


それでまた亮太君が怖そうに体を寄せてくる。


「大丈夫だよ、先生達で絶対に守るからね」その手を強く握って校長がその紙に目を通し終わるのを待った。


そして言った。「校内での協議は後に回すとして緊急でこの児童を保護してもらいます。秋葉先生はその行動を見直すように」


「校長先生、僕が先生に『お母さんに言わないで』って言ったんです。秋葉先生は守ってくれたの」


「……そうか、分かったよ。でも大丈夫。先生達で必ず君のことは守るからね。……秋葉先生は教頭先生に連絡を。ここから緊急相談ダイヤルに連絡を取って一時保護を求めます」


「はい。亮太さん、ここでちょっとだけ待っていられるかな? 校長先生は痛いことも怖いことも絶対にしないから」


「うん。秋葉先生、ありがとう」


ありがとうは今の自分が受け取っていい言葉じゃない。


そう思いながらも教務室を出て「走らない」と書いてあるポスターを無視して全速力で外に走った。


教頭先生はすぐに「分かりました」と言ってその場に残って全体の指揮をとってくれることになった。


教務室に走って戻ればそこに二人が向かい合って話していた。


「秋葉先生、ご苦労様です。この三日間協議すべきだったことに違いはないがよく気付いてくださった。今後このようなことがあればすぐに学校に報告することですね。


協議を重ねた上で今日の様子を見て相談することも可能です。児童の要望は最大限尊重しますがこういった類いのものに関しては児童の安全が最優先だ。


この学校の教職員達をもう少し信頼なさってください」


そう言った校長先生はもう手早く一時保護の手続きを済ませていた。


深く礼をして、来てくれることになった児童相談所の職員の方を待った。

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