第43話

残った二日間で運動会の準備をしながら校内で対応できるように自分の見た亮太君の様子と発言、体の傷のことを全てまとめた。


ただでさえ運動会の準備は忙しい。亮太君が家に帰っていく様子を見ては複雑な気持ちになって、家に持ち帰って亮太君のことをまとめていった。


体の痣、「産まなければ良かった」という発言、兄からのいじめ。


お兄さんは中学生のはずだ。お兄さんも小さい頃からそれを当たり前だと思わされてきたのなら被害者だ。


亮太君が中学生の男の子の力でいじめられていると思うとまた苦しくなる。


そして苦しいのは自分じゃない、とまた自分を奮い立たせてパソコンに向かう。


そんな日が過ぎて、土曜日に運動会の日が来た。


六年生の金管バンドの演奏で運動会が始まる。皆が自分のクラスに混ざって競技をするため自分は救護班に混ざって熱中症の子の対応ができるようにしていた。


一年生の五十メートル走は最初の競技の方にある。


亮太君は今どんな気持ちでいるんだろう。体はもう緊張で動かないかも知れない。でも、今日だけは一位であって。


そうじゃなくても叱られない子でいて欲しい、でもそれにはまだ時間がかかる。一年なんてもんじゃない、一生をかけてどうにかしなければいけないかもしれない問題だ。


次々と五十メートル走を走りきった子達が並んで座っていて、遠く離れていてスタートする前の子は見えなかった。


そんな時に、応援団の声援を割ってこっちに向かって大きな声がした。


「秋葉先生、次亮太君!」美咲ちゃんから飛んできたその声でスタートラインを見つめる。


お願い。


スタートのピストルの音が鳴る。亮太君と隣の子が競って走っているのが分かる。


今回だけでいい、この子を一位にしてあげてくれ。美咲ちゃんの応援の声が聞こえてくる。


ゴールに着いたのは同じだったように見えた。


でもタイマーを持った先生が亮太君を二位の列に並べた。少し遠目で見てもその顔が絶望しているのが分かる。


今日まで待つなんてそんな約束、破れば良かった。その顔を見て後悔する。


これから怒られることを、殴られることを考えながらこの後の時間全てを過ごして家に帰る。私が軽々しく約束したのはそういうことだ。


その後どんなに怒られるのか、その後どんなに殴られるのか。


亮太君はテストで満点を取っていたのにまだ「いい子にならなきゃ」と言っていた。


学校の成績は良かったのにその体には痣があった。


じゃあ学校で上手くいかなかったらどれだけのことをされるんだ。


一年生の五十メートル走が終わって自分の席に戻っていった亮太君を見て「すみません、ちょっと抜けます」とそこに駆け寄った。


列から外れて一人で下を向いている体の小さなその子。


「亮太さん、先生が間違ってた。ごめんなさい。亮太さんの安全以外に大事な物なんてないの。すぐに連絡を取るから」


「やだ、いい。僕が一番じゃなかったんだから、僕がいい子じゃなかったんだから」


「一番じゃなくても大事にされるべきなんだよ。先生は二番目だった亮太さんも大事なんだよ。守らせてくれないかな」


こっちを見た目は涙目だった。「……今日だけは、家に、帰りたくない」絞り出されたその一言で動いた。

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