第42話
しばらく泣き続けていた亮太君の背中をさすり続けた。
ひっく、としゃくり上げながらその涙は止まらない。
お母さんに、言わないで。それだけ言いながら泣き続ける。
辛くてもいい子で居続けようとするのは、きっとお母さんに愛されたいから。お母さんに伝えないで欲しいと思うのはお母さんを愛しているから。
なのにこの子は大事にされていない。
半袖を着ているこの時期でも、外から見て分かるところに遊んでついた以外の傷はついていない。ばれないように、隠されて暴言を吐かれて殴られている。
それでもこの子はいい子でいようとし続ける。
親からの鎖はそう簡単には外れない。
どうしたらいいんだ、障害児には虐待は多いケースだとは聞いてきたけど、一年目からこんなケースに出くわすとは思っていなかった。
でも、でもこの子に私が新任の教師だとかそんなことは関係ない。
この子は言って欲しくないと言っている、でも本来なら真っ先に対応すべき案件だ。
一ヶ月半この子と生活していたのに気づけなかった事が悔しい。きっとテストの時だって緊張して一問も間違えないようにと思っていたはずだ。なんでその時に気付けなかった、なんでこんなにどうしようもない時になって気付いた。どっちもが悔しい。
「亮太さん、今痛いところはないかな」しばらくして落ち着いた頃に声をかける。
「……おなか、叩かれたところ、いたい」
「先生絶対に叩いたりしないよ。だから少しだけ見ても良いかな」
うん、と言ってくれたので着ていたTシャツを少しまくり上げる。少しまくり上げただけで分かってしまった。
何色にも重なった痣の色。治りかけで黄色くなっているところもあればまだ青い物もある。
叩くなんて、そんな軽いことじゃこんなに痣はできない。大人の女性が本気で殴った跡だ。中学生の男の子が殴った跡だ。
「ごめんね、見せてくれてありがとう」と痣を確認してからすぐに洋服を整えた。
鼻水をかんで涙をごしごしと拭う亮太君に声をかけた。
「先生ね、亮太さんは大事にしてもらって欲しいなって思ってるんだ。だから他の人に相談して、お母さんともお話がしたいの。お母さんに言わないで、って言ってくれたから嫌かも知れないけど、亮太さんが安心しておうちで過ごせるようになって欲しいし、勉強も運動も上手くいかなくても自分は素敵だって思えるようになって欲しいんだ。どうかな」
「やだ、お母さんが怒られるのは嫌だ」
「そっか、でも亮太さんが大事なんだ。運動会が終わってからならどうかな」
「僕、何もしてないのに大事なの?」
「そうだよ。お母さんにもそうやって思って欲しいなって思ってるの」
「……運動会が、終わった後なら、いいよ」
きっと今すぐ対応しなければいけない。
でもこの子も考えて一生懸命に練習を続けて今度こそ「いい子」だと思って欲しいと、愛されたいと思っている。
あと三日だけ。その間に全ての準備は済ませる。そう決めて約束の指切りげんまんをしてその日は亮太君を家に帰した。家に帰らせることも怖かった。
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